THE CENTRAL DOT

金融教育を、英会話とプログラミングに続く「第三の必修教育」に
ABCash Technologies x HAKUHODO Fintex Base
(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.7)

2021.11.05
#テクノロジー#フィンテック
近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第7回となる今回は、女性のためのオンライン金融教育サービス「ABCash」を提供しているABCash Technologies 代表取締役社長CEOの児玉隆洋さんと、HAKUHODO Fintex Baseの山本・飯沼が、Z世代・ミレニアル世代のお金や生き方に対する意識、資産形成への関心、金融教育の今後の展望などを語り合いました。

株式会社ABCash Technologies 代表取締役社長CEO
児玉隆洋氏

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長
山本洋平

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局
飯沼美森

金融情報の非対称性をなくすことを目指して

山本
この連載でもたびたび話題に上がっているのですが、日本において金融リテラシーを高めるための教育は、これまであまり行われてきませんでした。一方、アメリカやイギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダなどでは金融教育が盛んに行われています。
その遅れを取り戻すべく、日本においても2022年度から高校で金融教育が行われることが決まりましたが、児玉さんは2018年に日本でいち早く同分野のサービスを立ち上げられたのですね。どのような背景で起業を決意されたのですか。

児玉
私はもともとIT畑の出身で、リスティング広告やSNSマーケティングなどに関する業務に携わっていて、金融は全くの専門外でした。早くから起業・独立を見据えていろいろな分野に興味を持つ中で、金融分野には“情報の非対称性”があるということが大きな課題だと感じていました。それを解消したいと考え、2018年にABCash Technologiesを起業しました。

山本
金融情報の非対称性、ですか。

児玉
はい、売り手側にのみ専門知識と情報があって、買い手側には知識や情報がほとんどない、ということです。私自身、金融に興味を持った当初は「NISAやiDeCoって何?どう違うんだっけ?」というレベルでしたので、同じように感じる方のお悩みがよくわかりますし、その状態で資産形成を始めてしまうことの危うさを知っています。ですので、当社は「お金の不安に終止符を打つ」というミッションのもと、日本の金融教育の発展に貢献すること、そして金融情報の非対称性をなくすことを目指して活動しています。

山本
具体的にどのような事業を展開されているのですか。

児玉
現在提供しているのは、女性を対象に展開している金融教育サービス「ABCash」と、企業向けの福利厚生サービスで従業員の資産形成を支援する「ABCare」です。
「ABCash」は「3ヶ月でお金に強くなる」をコンセプトに、専属のコンサルタントとマンツーマンで会話しながら、お金の増やし方や溜め方を学ぶパーソナルトレーニングサービスです。累計の受講者数は約1万人で、主に20~30代の独身の方にご利用いただいています。ニュートラルな立場で金融商品を扱うため、金融商品を販売しないことをポリシーにしています。

「ABCare」は2021年から提供を始めたサービスで、ご契約いただいた企業の従業員の方が、オンラインで自分のペースで資産形成について学べるサービスです。「お金のタイプ診断」というクイズ形式のリテラシー診断を行い、その結果を基に100本以上の学習用動画の中から最適なものをAIがリコメンドします。チャットによる個別相談にも対応しています。社員1人あたり月額300円でご利用いただけます。

この他に、小中学生向けの金融教育サービスを無償で提供していて、今後アスリートに向けたサービスの展開も予定しています。

山本
なぜ、「ABCash」を女性限定のサービスにされたのですか。

児玉
こういった新しいサービスを広げて、国民的なものにしていくためには、情報感度が高く、新しいものを積極的に取り入れる若い女性にまず受け入れてもらうことが重要だと考えました。そのため、まず女性に限定してサービスを展開し、拡大を図りながら、中長期的に男性にも対象を広げていきたいと考えています。

今まで存在しなかった新しいサービスは、新しいカルチャーを作るつもりで取り組まないと広がっていかないと考え、オフィスはカルチャーの発信地である渋谷に置いています。キャッチコピーもわかりやすいものにしたいと、イメージキャラクターであるローラさんと何度もディスカッション重ね、「お金のトレーニングスタジオ」としました。

山本
サービスを提供される上で、コロナ禍の影響はありましたか。

児玉
そうですね、日本で感染者が増えてきた2020年3月頃から、対面でのトレーニングが難しくなりました。「これからどうなってしまうのだろう」という不安はあったのですが、「トレーニングを完全オンラインにすれば全国、海外にもサービスが提供できる」と前向きに考えるようにして、2020年4月からオンラインに切り替えました。

その取り組みが奏功して、オンラインに切り替えてから会員数は2.5倍に増えました。多くの地方の方にも利用していただき、とてもうれしく感じています。

お金の不安をなくすことで、人生をポジティブに

山本
会員数が2.5倍になったとはすごいですね。受講者の皆さんは主にどのような理由で入会されるのでしょう。

児玉
何らかのターニングポイントに差し掛かっている方が多いですね。本当にやりたい仕事への転職を検討していているが、その収入のみで生活していかれるか不安がある、といった具合です。

特徴的なのは、創業時から医療関係の方の受講が多いことです。理由をうかがったところ、普段80~90代のご高齢の方と接していることから、今から備えていないと自分がその年代になったときに大変だというはっきりとしたイメージをお持ちであることがわかりました。数年前に“老後2000万円問題”が話題になりましたが、それを感覚的に理解されている方が多いようです。

山本
なるほど、若いうちからしっかりと将来のことを考えているんですね。
受講者は、独身で仕事をされている方が多いと思うのですが、どういった時間帯にレッスンを受けられているのですか。

児玉
私も意外だったのですが、夜より早朝や昼休みなどを指定される方が多いんです。時間を有効に使おうと思われているようですね。他にも英会話を習っていたりと、自分に役立つスキルを身に付けたいと考える、自立した方が多い印象です。

山本
「ABCash」を受講された方から、考え方がこのように変わったといった声はありますか。

児玉
先ほどお話しした入会理由とも重なるのですが、受講を機に資産形成を始めて将来への不安がなくなり、キャリアチェンジしました、とご報告いただくことがたびたびあります。例えば、もともとデザインに興味があった公務員の方で、受講後にデザイナーに転職された方がいらっしゃいました。儲けたい、というよりも、資産を形成することで将来に備えながら、人生をポジティブに歩みたいという方が多いですね。

山本
なるほど、資産形成によってやりたいことに積極的に挑戦できるようになるというのは素敵ですね。
先ほどもお話に出た“老後2000万円問題”は、私も大きな衝撃を受けました。金融教育にも影響はありましたか。

児玉
大きなターニングポイントになりましたね。特に若い方への影響は大きかったと感じます。あのニュースが出る以前は、「どうすれば儲かるかを知りたい」といったことを入会の理由に挙げられる方が多かったのですが、今はほとんどの方が「資産形成の方法について知りたい」とおっしゃいます。日本の金融教育にとって大きな契機となったと感じています。

20~34歳の約3人に1人が「お金の知識を得たい」

山本
我々HAKUHODO Fintex Baseは、Z世代からミレニアルズに当たる20~34歳を対象に「お金に対する意識調査」を実施しました。

まず特徴的だったのが、そもそもこの世代は将来に期待を感じていないということです。「自分の将来に『期待』を感じる」と答えた人はわずか11.1%だったのに対し、「自分の将来に『不安』を感じる」人は55.5%いて、中でも30代目前の25~29歳の層が最も高く、59.7%に上りました。

「給与所得」と「不労所得」に対する意識を聞いたところ、20~24歳の就職したばかりの世代は「一生懸命働いて、給与収入を増やしたい」意欲が他の年代より高めですが、それ以降になると「資産運用などで、不労所得を得たい」と考える人の方が多くなることがわかります。

また、現在利用している金融商品・制度についての質問では、25~29歳はつみたてNISAなど長期の投資への関心が高く、30~34歳は株式や暗号資産といった短期の投資への関心も比較的高くなることがわかりました。年を重ねるに従い短期の投資に関心が移っているのは、チャレンジして短期間でお金を稼ぎたいと考える人が多いのではないかと考えられます。

このような結果が出ているのですが、普段同世代の受講者の方と接しておられている中でどう思われますか。

児玉
確かに、つみたてNISAやiDeCoを利用したいとおっしゃる方は多いですね。投資信託にもニーズがあります。リテラシーを高めた方には、債券に興味を持たれる人も多くいます。一方で暗号資産や外貨預金などについては、我々は投機的なものだと捉えているので、積極的にはお勧めしていません。

山本
なるほど、長期的な投資に関心を持たれる方が多いのですね。
またこの世代は、約3人に1人がお金や資産形成の知識を得たいと考えていることもわかりました。特に25~29歳の層では4割弱に上ります。

児玉
我々もそれは実感しています。ただダイエットなどと同じで、知識を得るだけでなく、それを実践することがとても重要です。

山本
その壁はどうやって崩していらっしゃるのですか。

児玉
当社では伴走という形を大事にしています。パーソナルコンサルタントも、知識があるからと上から目線で教えるようなことは絶対にしません。受講者の方に合うやり方はそれぞれ違うので、パーソナライズを徹底し、最適なやり方を一緒に模索します。

来年を「金融教育元年」と呼ばれるような年に

飯沼
習い事なら気楽に始められますが、資産形成の場合、お金が減ってしまうリスクがあるのが怖いところですよね。私も20~34歳の世代に当てはまりますが、しっかり教えてもらって、盤石な体制で始めたいと考える人が多いのはとてもよくわかります。

先ほどの調査結果には、“老後2000万円問題”も影響しているかもしれないと感じました。私がその問題を聞いたのは社会人になってからでしたが、2000万円貯めることを前提に、まずそれを達成してからやりたいことをやろうと考えるのと、やりたいことに挑戦しようと思っていたところに突然2000万円必要と言われるのでは、受け取り方がだいぶ変わります。そのため、20代後半と30代前半でも少し意識が違うのだと思います。

山本
それにしても、やはり今の若い人たちは、自分の20代のころと比べると、将来に対する金融不安を強く持っていて、早い段階から自分の資産について考えている人が多いなと感じます。児玉さんは、実際に受講生と日々接していると思いますが、どのように肌で感じていらっしゃいますか?

児玉
自分自身の資産のためだけでなく、社会に貢献していくためにも金融の知識をつけたいと思っている人が増えている印象がありますね。先日、早稲田大学と共同で金融教育プログラムを実施したのですが、参加した30~40人の学生は社会貢献への意欲が高い人が多く、それをボランティアではなく経済活動にしていくにはどうしたらいいかと考えていました。

これは企業にも共通することで、大義があっても利益が出なければサステナブルな活動はできません。一方で、利益追求ばかりしていても、社会性がなければ応援されません。“大義とそろばん”を両立できることが大事で、それを実現するにはやはり金融教育が重要になってくるんです。

山本
確かに、その企業のパーパスに共感した上で、商品を購入したりサービスを利用したりするという人が増えているので、大義とそろばんの両立は非常に重要な視点ですよね。
プログラムに参加した学生に共通する特徴はありましたか。

児玉
既に起業している人もいましたし、ベンチャー企業への入社や起業を考えている人もいて、アントレプレナーシップを持っている人が多い印象でした。

山本
社会貢献への意欲とアントレプレナーシップに、金融の知識が加われば、意欲のある人たちがやりたいことを具現化できる可能性も高まり、チャンスも広がりますよね。そうすれば、日本の市場ももっと多様化していくのではないかと期待します。
最後に、児玉さんの今後の展望を教えてください。

児玉
金融教育を、英会話とプログラミングに続く「第三の必修教育」にしていきたいですね。来年を「金融教育元年」と位置付けられるような年にして、「貯蓄から資産形成へ」というスローガンに貢献していきたいと思っています。

飯沼
将来について漠然とした不安を抱きながらも、何から始めていいのかわからないという方は多いと思います。ただ近年、資産形成というものは、「やらなければいけない複雑なもの」ではなくて、「自分のやりたいことを後押ししてくれるスキル」に価値転換しつつあると感じることも多いです。ABCash Technologiesのような、情勢や顧客の課題意識をまっすぐ解決してくれるサービスがあることで、今後の金融への価値観がどう変化していくのか、とても興味深いと感じました。

山本
ワクチン接種率も上昇し、経済活動が再始動しつつありますが、このタイミングも日本の少子高齢化は急速に進行しています。特に若い世代が老後に不安を覚え、人生において何事にも足踏みしてしまうのは、非常にもったいないですよね。英語もプログラミングも金融も「難しい」という既成イメージを取り去り、身につけていく。そこから一人ひとりがやりたいことに積極的にチャレンジできるインクルージョンな社会を創造していこうとするABCash Technologiesの取り組みを、私たちも応援していきたいと思います。
本日はありがとうございました。

「Z世代・ミレニアルズの『お金』に対する意識調査」調査概要
調査主体:HAKUHODO Fintex Base
調査対象:20歳~34歳の男女500人
調査期間:2021年7月2日~7月3日
調査方法:LINEリサーチ プラットフォーム利用の調査

児玉 隆洋(こだま・たかひろ)氏
株式会社ABCash Technologies 代表取締役社長CEO

大学卒業後、大手インターネット広告代理店に入社。ブログ事業、プラットフォーム統括、テクノロジーイノベーション、広告開発等の責任者を歴任。2018年、自らの経験から網羅的かつ中立的なファイナンシャルリテラシーの必要性を強く感じ、株式会社ABCash Technologies (旧bookee) を設立。代表取締役社長に就任。

山本 洋平(やまもと・ようへい)
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第三ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 部長

新卒で外資系大手SIer入社。その後、大手メディアサービス企業にてネット業界ブランディングに従事、総合広告会社を経て現職。システムからクリエイティブ・事業と振り幅の広いスキルを最大限に活かすフィールドを求め、博報堂に転身。現在は、通信・自動車・HR・Fintechとあらゆる業種を担当し、事業視点からのマーケティング戦略を策定するストラテジックプラニングディレクターとして活動。JAAA懸賞論文戦略プランニング部門2度受賞

飯沼 美森(いいぬま・みもり)
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局

2018年博報堂入社。入社後はマーケティング職として飲料、教育、コンテンツ、アプリサービスなどのコミュニケーション戦略やブランド開発、CRM戦略を担当。信託銀行、損害保険会社などの金融領域業務も幅広く従事している。

FACEBOOK
でシェア

X
でシェア

関連するニュース・記事