デジタル甲子園の参加者は、アバターを作成して会場内を移動します。内野エリアで講演開始を待っていると、青木執行役員のアバターが、素早くダッシュして横を駆け抜けて行き、ホームベース付近に設けられた登壇スペースに向けてジャンプ。飛び乗ると同時に、講演がスタートしました。
青木:本日は、デジタル化が進む中で社会、人々がどう変化し、企業にとってどういったチャンスが広がるか、マーケティングやコミュニケーションのあり方がどう変わるかについてお話したいと思います。
コロナ禍で生活やビジネスなどの環境は大きく変わり、同時に社会のデジタル化はかつてないスピードで進みました。リモートワーク、電子書面、店舗での非接触型サービスなどが広がりました。本日のように、サイバーフィジカル空間でアバターと共に講演するようなことは、2年前には想像もしていませんでした。
技術の進化は生活に革新をもたらしています。オンライン会議システムは働き方、暮らし方まで変えました。働くスタイルを自由に選んだり、企業に勤めたまま田舎に移り住む、といったことが可能になりました。
以前はPCやスマホ中心の、「情報のデジタル化」と言える状況でしたが、これからはデジタルテクノロジーが生活の隅々まで入り込む、「生活のデジタル化」が始まります。身の回りにあるアクセサリーや家電、車、店舗、街まで、あらゆるものがインターネットと繋がる世界が既に現実になりつつあります。
モノがネットワーク化・デジタル化されると、モノと生活者の間に情報のやり取りが生まれます。そうなると、モノと生活者の関係は単なる接点ではなく、相互に情報をやり取りするインタフェースに進化します。身の回りにあるものがネットワークに繋がると、ネットワークがデータを収集し、生活者のニーズが把握できるようになります。それを活用すると、生活者に最適化したサービスが可能になります。
例えばオンライン学習システムの場合を考えてみると、従来はテストの結果でしか効果を判断できませんでした。しかしこれからは授業中の生徒の表情や声を解析して、生徒のつまづきやすい箇所や集中の度合いなどを把握できるようになります。その情報を活用すれば、それぞれの生徒に合ったきめ細やかな指導が可能になるはずです。
モノと生活者のインタフェースが増えるたびに、我々の暮らしが変わっていきます。マーケティングの新たな可能性も生まれるはずです。業種の垣根を越えて生まれるインタフェースもあるでしょう。一つのインタフェースが産業の地図を塗り替えることもあるかもしれません。こういったインタフェースの爆発的な広がりを、博報堂は「生活者インターフェース市場」と名付けました。新型コロナウイルスの影響で、この市場は我々の当初の予測を遥かに超えるペースで広がっており、既に実践のフェーズに入ってきています。
ここからは生活者インターフェース市場が拡大する中で、マーケティングに具体的にどう取り組むかお話したいと思います。
まずメディアの変化です。博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の「メディア定点調査2020レポート」によると、生活者のメディアへの接触時間は1日411分と、ここ10年で約60分増えています。接触時間のうち、約半分はスマホやPCなどのデジタルメディアです。世代別で見ると、15〜19歳、20代といった若者層は特にデジタルメディアに接している時間が長く、男性はメディア接触時間の7割超、女性は6割超に達しています。
スマートテレビやインターネットラジオなどマスメディアのデジタル化も進んでいます。一部は、生活者のデータを取得したサービスを提供する試みも始めています。今後はマスメディアとデジタルメディアの垣根が溶けながら、メディアのインタフェース化が進んでいくでしょう。
店舗、リテールのインタフェース化も急速に進んでいます。例えばAIカメラ付きのデジタルサイネージ、ダイナミックプライシングの表示が可能なスマートシェルフなどによって、来店客とのインタラクションが可能になってきています。今後は、お客様や時間帯に合わせた販促が増えていくでしょう。
従来の企業と生活者の関係は、マスメディアを中心とした広告や店舗での販促といった企業からの一方的なものでした。これからは、これまでご説明した通り接点が多様化し、データをやり取りするインタラクションになります。その際には、インタラクションを設計する力や、複数のインタフェースを統合してUXを設計する力が重要になります。
バリューチェーンのあり方も変わってきています。従来のバリューチェーンは商品開発から製造、販売、アフターサービスまで、左から右へ直線的に繋がるプロダクトアウト型でした。今後は、共通の基盤を中心に、それぞれのバリューチェーンを顧客価値最大化のために統合することが必要になります。
例えばコールセンターへの苦情や要望をすぐに商品開発に活かしたり、お客様相談室への問い合わせをデータ化して店頭の接客に活かす、といった取り組みをする企業が増えています。広告、CRM、営業支援を共通のデータ基盤で運用して、販管費全体の最適化に取り組んでいる企業も増加しています。
センサーやカメラなどに関する技術開発が進むことによっても、次々と新しいデータが生まれてきています。博報堂DYグループは、資本業務提携をしているインフォメティス社と共同で、電力データのマーケティング活用に関する研究に取り組んでいます。家電ごとの電力消費データを解析することで、どの家電がいつ使われているかを推計することで、世帯ごとの暮らし方が分かるようになる、というものです。これによって「暮らしDMP(Data Management Platform)」も作れるようになるでしょう。
DXの必要性がよく論じられるようになりましたが、多くのDXは効率化に主眼を置いており、バリューチェーンのデジタル化に止まっています。しかし本来DXは、生活を豊かにするためのものです。マーケティング領域のDXも、効率化ではなく生活を豊かにするための真の価値創造につなげることが必要であり、そのために必要な視点が、これまでお話してきた生活者インターフェース市場だと考えています。
ここからは、どうすれば価値創造型の次世代マーケティングができるのかお話したいと思います。「次世代型マーケティング推進見取り図」をご用意したのでご覧ください。中央がインターフェース化された生活者の接点になります。
価値創造型マーケティングの一つ目のポイントは、生活者にとって魅力的なエクスペリエンスを届けることです。マスメディア、デジタルメディア、オウンドメディア、店舗、EC、コールセンターなど、様々な生活者インタフェースを統合した、カスタマージャーニーを描くことが重要になります。
二つ目のポイントは、生活者のデータを獲得する部分です。魅力的なエクスペリエンスを提供することで、生活者のレスポンスデータが生成されます。この際、インターフェースごとにバラバラにデータを扱うのではなく、統合的にデータを扱えるようなデータ設計、システム基盤設計をすることが大切です。
三つめは生活者データを活用した、新たな生活者エクスペリエンスの創造です。生活者のレスポンスデータを分析することで、カスタマージャーニー上でどこがボトルネックになっているのか、ドライブをかけるべきポイントはどこかが分かります。この分析を生かすことで、生活者にとってより魅力的なエクスペリエンスを生み出すことが可能になります。
生活者のインターフェース、エクスペリエンス、データ・システムの三つを設計して、図の二つの矢印のサイクルを常時駆動させることが、次世代マーケティングを推進する上で欠かせません。
このようなマーケティングを推進される場合は、是非博報堂にご相談いただければと思います。お話した三つを三位一体で提供し、生活者や社会に価値提供をする力を我々は持っていると自負しております。
博報堂は具体的な施策として、「ブランド・トランスフォーメーション」と「生活者インターフェーステクノロジー」の二つのエンジンをご用意しております。
ブランド・トランスフォーメーションではまずマーケティングを行う企業が“パーパス”を表明し、次にそれに共感する企業間の連携が生まれ、エコシステムの中で新たなインタフェースが作られ、それを活用した事業やマーケティングが生まれ、それを使う生活者のコミュニティができ、データ開発やデータ提供という形で生活者が商品開発に参加する、という流れを作ります。
お話した通り、従来型の一方通行のブランディングは機能しなくなっています。パーパスを掲げて、自社や商品の社会的存在意義を周知し、ブランドについての考え方を新しい生活体験を推進するものにシフトしていくことが重要です。
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次にもう一つのエンジンである、生活者インターフェーステクノロジーについてです。テクノロジーのケイパビリティを持つ企業は沢山ありますが、それを社会や生活に生かしていく能力をもっているところは多くありません。博報堂はインターフェースについての技術的な能力を持っているだけでなく、それを効果的に活用してエクスペリエンスやインタラクション、生活者データへ昇華できることが強みです。
例えば、博報堂DYグループでは、「Data EX Platform(DEX)」という独自のデータ統合技術を保有するグループ会社があります。多くの企業は自社の顧客についてのデータを持っていますが、その顧客が自社以外でどのようなものを購入しているかといったことまで分からないと、潜在需要を掴めません。しかし、個人情報保護法により、顧客データを外部データと連携することは難しくなっています。
その課題を解消するのがDEXです。複数の顧客データから匿名的な人格を作ったり、特定の層に分類するなどして外部のデータと紐付けることで、例えば、新たなデータである「生活者ヘルスデータ」を作り出します。このデータを分析することで、購入商品から、その人の健康の悩みを予測することが可能になり、需要がある可能性が高い新たな商品をお勧めする、といったことが可能になります。
ご紹介したように、博報堂は「ブランド・トランスフォーメーション」と「生活者インターフェーステクノロジー」の二つのエンジンを駆動させ、価値創造型の次世代マーケティングを実現させています。生活者インターフェース市場に無限の可能性がありますので、是非皆様と一緒に市場を大きくできればと考えています。
外野エリアの博報堂DYホールディングスブースでは、仮想都市プラットフォーム「REV WORLDS」や「Advertising as a Service(AaaS)」など、博報堂DYホールディングスが取り組んできた、XR技術を中心としたデジタルテクノロジーについての展示が行われました。デジタル甲子園のアプリで提供されるボイスチャット機能を利用し、ブース前で青木執行役員、博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センターの木下陽介に改めてインタビューしました。
—講演開始時に、アバターがダッシュとジャンプで登壇したのには驚きました。
青木:新しいサイバーフィジカル空間だからこそできるコミュニケーションのあり方は無限にあるのではないかと考えています。例えば、アバターだったら別人格になれるから人に声をかけやすい、といったことがあるかもしれませんよね。今回アバターで登壇するということだったので、普段はやらないような試みをしてみようと考えました(笑)。サイバーフィジカル空間は、生活者の能力拡張にも関与できるのではないかと感じています。
—博報堂DYホールディングスとしてはサイバーフィジカル空間の広がりをどう捉えていますか。
木下:これまでサイバーフィジカル空間での体験はゲームなど主にエンターテインメントに限定されていました。しかしコロナ禍においては、サイバーフィジカル空間におけるユースケースを体験できるシーンが日常の生活の中に入り込んできています。バーチャル空間でコミュニケーションすることへのニーズも高まっていますよね。そして、今回のデジタル甲子園のようなサイバー空間が登場することによって、リアル空間も活性化すると思いますし、新たなエクスペリエンスが無限に広がっていると感じます。
—ブースに居る担当者と名刺交換したり、音声で会話できたりと、場所も時間も超えてアクセスできることを凄く感じるイベントですね。
青木:例えば、遅い時間に行ってもブースでポスターを見ることができる、といったことは今までの展示会ではできない体験ですよね。それも凄くいいと思いました。
木下:開催期間が終わってからも、サイバー空間は数日間解放されているため(本記事公開時には終了しています)、展示を続けることができますし、講演の再放送などもあります。ですから、もしかしたら開催後にも問い合わせがあるかもしれません。これも、リアルな展示会にはない可能性を示唆していると思います。
—デジタル甲子園は今回が2回目です。前回も出展しましたが、違いはありますか。
木下:前回は、通常の企業展示会をサイバー空間に持ってくることがコンセプトだったので、BtoBが中心でした。今回DXのエンタテインメントという新たなテーマも桑加わったため、我々もXR技術やAaaS、CRAFTARなど多様な展示をして様々なケイパビリティを持っていることをご紹介したいと考えました。
—来場された方からの反応はいかがですか。
木下:いくつか問い合わせをいただいています。前回はXR技術に関わっている方の来場が多かったのですが、今回はビジネスサイドの方も多く、商談に繋がるかもしれません。
1989年株式会社博報堂入社。生活者データベースの構築、社会テーマ・メディアに関する研究、マーケティング・テクノロジー開発を担当。博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター室長、博報堂研究開発局長を経て、2020年4月博報堂DYホールディングス執行役員、博報堂執行役員。2021年4月より現職。
2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、自動車、金融、医薬、スポーツ、ゲームなど業種のコミュニケーション戦略、ブランド戦略、保険、通信でのダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に携わる。2010年より現職で、現在データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わり、Vision-Graphicsシリーズ, m-Quad, Tealiumを活用したサービス開発、得意先導入PDCA業務を担当。またAI領域、XR領域の技術を活用したサービスプロダクト開発、ユースケースプロトタイププロジェクトを複数推進、テクノロジーベンチャープレイヤーとのアライアンスも行っている。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特にスポーツ、音楽を中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。