「広告朝日」の新連載「愛されるDXはカタチにできるのか」の第9回、博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 クリエイティブディレクター 宮永充晃/クリエイティブストラテジスト 原谷健太の記事が掲載されました。
──宮永さんと原谷さんは、日頃どういった仕事を手掛けられているのでしょうか。
宮永:主に、原谷と一緒にブランディングの仕事をしています。私たちのポリシーは、クライアントの事業収益に貢献する本質的なブランディングを行うことです。あらゆるデータを分析し、ブランド戦略を立て、社内に浸透させて、商品やサービスを世に送り出す。ストラテジーからクリエイティブまでトータルに手掛けています。
ブランディングというと、ロゴマークやパッケージデザインでブランドとしての統一感を出すことだと捉えている人は、少なくないと思います。たしかに大切なことなのですが、それはブランディングの表層的な一部分でしかありません。
そもそも、ブランドの語源は、牛などの家畜に「焼き印をつける」ことを意味する言葉で、信用の証として浸透していきます。
畜産農家と生活者にとって重要なのは、牛の品質が信用できることです。そんな高品質な牛を育てるには、牧草と牧草が育つ土地、牛を育てる人が必要です。従業員を招くには働きやすい環境(人事制度)を整え、意欲的に働ける環境づくりや組織運営も欠かせません。
つまり、ブランディングとは牛肉が生活者に高品質なものとして提供されるまでのプロセス=サプライチェーン全てを形づくること。そうしなければ、高品質なものは生み出せないからです。高品質なものを生活者に届けるためには、どういう環境でどうやって育て、どのように生活者に届けるか。そのプロセス全体=サプライチェーンを整えていくことが、ブランディングの本質であるという考えです。
──具体的に、ブランディングはどのように行われるのでしょうか。
宮永:たとえば、クライアントからの依頼が売り上げの数値目標のある「ブランドの立て直し」だった場合、ヒアリングで得た内容をはじめ、あらゆるデータを分析し、クライアントの「弱点」を見つけ出して、その理由も探ります。それをクライアントにお伝えして、解決方法も提案します。
──クライアントにとって耳の痛いことも伝えているのですね。
宮永:クリエイティブディレクターの仕事はキャリアカウンセラーに例えられると思います。キャリアカウンセラーの役割の一つは、人の自己理解と成長を促すこと。クライアントの弱点や課題に気づいているのに、気を害するのが嫌だから・・・といった理由で本当のことを伝えないのは無責任といえるのではないでしょうか。キャリアカウンセラーがその人の無自覚な強みや弱みを把握しておきながら、ショックを受けるからと本当に適した業界や職種を勧めず、本人の希望に添い続けるのと一緒だと思います。
原谷:社長や役員、現場で働く方々、それぞれの立場だからこそ気づける課題があるにもかかわらず、それが共有されておらず、潜在的になってしまっているというケースも少なくないですよね。その場合、私たちはそれぞれの立場の方々の代弁者となることもあります。
──現場の方々ともコミュニケーションをとりながら、ブランディングに取り組んでいるのですね。
宮永:ブランディングはトップで話し合いつつも、ボトムアップで現場のアイデアや生声も取り込むことが重要だと考えています。その効果的な方法の一つがワークショップです。
原谷:ワークショップの狙いは大きく二つあります。一つは、現場の方々にブランディングのプロジェクトを自分事として捉えてもらうこと。もう一つは、様々な部門の方々に参加してもらうことで、横のつながりを生み出すこと。立場の違いから部署同士の相互理解が浅い場合でも、現業を離れたワークショップで交流することで、お互い入社当時の「志」や「想い」がよみがえり、仲間意識を持つことにつながったという案件もありました。
──チームビルディングにもなるのですね。ワークショップの内容は、どういったものが多いのですか。
原谷:まず、ブランディングに取り組む背景や意図、ワークショップの狙いなどを伝えます。そのとき外部の私たちではなく、社内の方に説明してもらうようにしています。私たちはあくまでもサポートに徹するようにしています。ワークショップの内容は、みんなでアイデアを出し合うブレスト形式のものや、社内外の講師を招いた研修タイプなど、ブランディングの目的に応じてアレンジしています。
宮永:ワークショップは私たちにとって、現場の声や率直な意見が聞ける場の一つでもあります。ワークショップでルールとして「何を話してもOK」なゲーム的環境を設定すると、心理的なハードルも低くなり、皆さんに忌憚なく話してもらうことができます。
企業にとって社員の方々の意見は、貴重なリソースであり宝物です。彼らの仕事は、原材料や部品の調達をはじめ、製造や在庫管理、商品の配送に至るまで、サプライチェーンの様々なシーンにひもづいています。そんな彼らの意見は、ブランドの付加価値や強み、弱みを分析したり、有効性を探ったりする上で欠かせません。
──ブランドというとロゴやタグラインなど、イメージに直接つながる領域だと思われがちですが、現場の方々一人一人の意見もまたブランドの構成要素なのですね。
宮永:そうですね。見栄えやイメージなど「外側」だけでなく、そのブランドらしい商品のあり方を考え、その生産・提供方法を整えること。それらが一つのチェーンとしてワークしていなければ、本質的なブランド価値向上は難しいと思います。SDGsといった企業のあり方が生活者からも着目されているのも、その一端と捉えることもできますよね。
──企業の本質的価値に繋がる話ですね。
原谷:ブランディングは、採用基準や人事制度とも関係してきます。ブランドの意志がはっきりすると、どういう人材を採用して育てていくべきか、その方針も明確になります。その結果、組織と個人のミスマッチも減り、離職率も下がっていくと考えています。
宮永:経営者が夢やビジョンを掲げることは、とても重要だと思います。インナーのモチベーションが高まり、投資家の期待も高めることができるからです。時価総額にも影響を及ぼすことなので、ブランドの意志を社員が共有し、世の中に発信していくことは重要です。
企業にとって、意志表明の一つの手段となるのが、パーパス、ミッション、ビジョン、バリュー(以下、PMVV)です。
原谷:パーパスをつくりたいという相談も最近は多いですよね。ただ、PMVVを言語化するだけではなく、PMVVを言語化する目的の設定、それをどのようにインナーに浸透させていくかも含めて考える必要があります。
宮永:人事制度や組織運営など、様々な意志決定の指針として現場に浸透させることでPMVVは機能するものですからね。だから、PMVVを見直し、新たに策定するプロセスもワークショップで行います。決めるのは、あくまでもクライアントの皆さまです。私たちはクライアントにとって、潤滑油のような存在になれるといいと思っています。
──戦略からアウトプットまで手掛けることができるのは、博報堂の強みだと思います。
宮永:今後、私たちが強化していきたいのは、企業の体質改善など事業に関わる戦略の部分。マーケティングやコミュニケーションの施策は、本質的な改善の先にある最終的なアウトプットだと思います。
原谷:私たちとしては、数字は見て事業を整理するだけではなく、「社会にとってもクライアントにとっても一生活者にとっても喜ばれること」をブランドのコアに置く提案をしたいと思っています。そしてクライアントと並走し、最終的にはクライアントの意志が明らかになり、外部の人間である私たちがいなくても、ブランドが自走するようになることが私たちの仕事のゴールだと思っています。
──連載のテーマである「愛されるDXはカタチにできるのか」というテーマとも関連がありそうです。
原谷:DXによって、サプライチェーンやバリューチェーンの透明性は高まったと思います。これはインナーだけではなく生活者にとっても起きていることだと思います。つまり、生活者にとって商品やロゴだけではなく、商品の生産プロセスなど今まで表に見えていなかった一連のチェーン自体もブランドとして見なされるような時代になってきていると感じます。
宮永:サプライチェーンやバリューチェーンが生活者に着目されるということは、社員の方が今まで以上に目的意識を持つことにつながり、企業の体質も改善していくと考えています。それが、愛されるブランドになるための第一歩であり、その先で愛されるDXに繋がっていくと言えるのではないでしょうか。
2012年博報堂入社。博報堂DYメディアパートナーズに出向し通販クライアントを担当。その後、マーケティング部門に異動し、コミュニケーション戦略・商品開発・事業戦略・中期経営計画策定を担当。現在は、クリエイティブ部門に属し、複数領域を統合的にプラニング。
2017年博報堂入社。ブランド戦略を起点にインナーブランディング、新商品・新サービス開発、未来洞察などに従事。ワークショップを用いたボトムアップ型の進め方に取り組む。
※「ウェブ広告朝日」より転載
(21-3049 朝日新聞社に無断で転載することを禁じます)
博報堂に関する最新記事をSNSでご案内します。ぜひご登録ください。
→ 博報堂広報室 Facebook | Twitter