今年で設立40年を迎えた博報堂生活総合研究所(以下、生活総研)では、毎年の“ヒット商品”と翌年の“ヒット予想”、そして翌年の“景況感や楽しさ予想等”について生活者に調査を実施し、分析した内容を発信しています。昨年春に開始したコロナ禍での生活者意識・行動調査も2年目を迎えました。
所長の石寺修三が、今年の締めくくりとして2021年の振り返り・2022年の展望について、そして長きにわたる生活者研究を経て改めて見えてきた視点について語りました。
昨春から我々が毎月実施している『新型コロナウイルスに関する生活者調査』も11月で20回目をむかえました。まさかこんなに長く続けることになるとは思ってもみませんでしたが、最新の結果では主要指標の「生活自由度(=感染拡大以前の状態を100点とした時の暮らしの自由度)」が、ようやく調査開始以来で最高の61.9点となりました(図①)。
【図① 感染拡大以前の普段の状態を100点とすると、現在は何点か?】
とはいえ、まだコロナ前と比べて6割の水準ですし、第6波の行方も気になります。そんななか、生活者は来年の暮らしのゆくえをどう予想しているんでしょうか。我々が毎年この時期に調査している『生活者に聞いた“2020年 来年の生活気分”』の結果をみると、「来年の世の中の景気」について「変わらない」とする人が最も多いのは例年と変わらないんですが、「良くなる」と答えた人が29.9%で過去最高、「悪くなる」と答えた人は20.2%で過去最低の水準でした(図②)。また、「来年お金をかけたいこと」として「旅行(前年比+25.8pt)」「外食(前年比+13.3pt)」などが上位に挙がっており、いわゆる“リベンジ消費”を心待ちにしている人が多いことがわかりました(図③)。
【図② 来年の「世の中の景気」予想】
【図③ 今年お金をかけた&来年お金をかけたいもの】
もっとも、来年の「自分の家計状態」については「良くなる」と答えた人は14.1%で、昨年(12.5%)とさほど変りませんし、先ほどの「来年お金をかけたいこと」も3位は「貯金(前年比+6.3pt)」ですので、まだまだ様子見の状態といえるかもしれません(図③④)。さらに、同じ時期に実施した『生活者が選ぶ“2022年 ヒット予想”』の結果をみても、「フードデリバリーサービス」「無人・非接触サービス」「オンライン授業/学習」など、いわゆる【動かず(=小さな動きで、効率的な動きで)、動かす(=大きな充実や喜びを引きだす)】商品・サービスが上位に挙がりました(図⑤)。このことからも、生活者は来年以降もコロナ禍の影響が続くとみて、まだ警戒を解いていないことがわかります。
【図④ 来年の「自分の家計状態」予想】
【図⑤ “2022年 ヒット予想”ランキング】
『新型コロナウイルスに関する生活者調査』
『生活者に聞いた“2020年 来年の生活気分”』
『生活者が選ぶ“2022年 ヒット予想”』
また、10月にオープンした特設サイト『コロナ禍 1800の暮らし』のなかの、生活者が撮影した約1800枚の写真を眺めていると、暮らしの様々な局面で「見直し」「再設計」「起伏づくり」といった欲求が高まっていることがわかります。昨年のこの場で、2020年代は生活者が前向きに“暮らしを実験する時代”になるのでは?・・・とお話ししました。コロナ過がすぐには収束しそうにないなか、生活者自身の生き方や働き方の試行錯誤はしばらく続くのではないでしょうか。
『コロナ禍 1800の暮らし』
回復スピードはともかく、世の中がコロナ前の状況へと戻ることを願いたいところですが、全く元通りにはなるとは多くの人も考えていないでしょう。それはコロナ禍でこれからの社会を考える時の前提が変わってしまったからです。たとえば、衛生観はもちろん、仕事観や人間関係観とか、人によっていろいろあるとは思いますが、その一つに生活者の未来に対するイメージ、つまり“未来”観も挙げられると思います。コロナ禍は時間軸を加速させて、実現するのはもっと先だと思われていたことを前倒ししましたよね。その結果、生活者は「ずっと変わらない」と思っていた世の中が案外簡単に、しかもアッという間に変わってしまうものだということに気づいたように思います。そのためか、この秋に我々が行った調査で“20年後の日本の変化イメージ”を聞くと、「想定できる範囲内に収まっていると思う」人が34.5%だったのに対し、「思いもよらないような状況に変わっていると思う」人は65.5%にものぼりました。生活者はもっと大きな変化の到来を覚悟しはじめているということでしょう(図⑥)。
【図⑥ 20年後の日本の未来の変化イメージ】
でも、考えてみれば、小さな子どもが最新のデジタルデバイスを難なく使いこなしているのを見ると、「この子が大人になる頃、世の中はどうなっているんだろう・・・」なんて考えちゃいますよね。身のまわりをみても、昨今のSDGsへの関心の高まりもあって、10~20年前には考えられなかった習慣やルールがいつの間にか生活者の“普通”や“当たり前”になっています。むしろ未来というものは、現在の延長線上にないものだと考えた方がよさそうです。
ただ、大事なことは、こうした風景はいきなり立ち現れたわけではないということです。実は大きな変化ほど目に見えないところで着実と進んでいて、あるきっかけで表出しただけじゃないかと。そういう意味では、コロナ禍で社会に起きた変化のいくつかも、もともと生活者のなかに「そうなってほしい」と願う萌芽があったと考えるべきでしょう。
オリンピックというひとつの区切りを経て、巷では2030~2040年の未来予測が注目を集めていますが、その多くは相変わらず人口動態や技術進化といった生活者の外側にあるものから考えている気がします。でも、未来のありようを最終的に決めるのは、生活者の内側にある“気持ち”です。我々としては社会や産業の未来予測ではなく、暮らしや生き方の未来洞察にこだわりたいと考えています。
いま準備を進めている『みらい博2022』は、生活者のなかにある“未来の芽”を探すことがテーマです。先ほどの“生活者がイメージする20年後の思いもよらない状況”ってどんなものなのか? 今回はこれから起きるかもしれない事象の実現予想や願望を聞く『生活者1万人への未来調査』をもとに、“普通”や“当たり前”のゆくえを考えてみます。想定されている変化のなかには、生活者自身のアイデンティティや、五感のリアリティ、生きていく上でのコミュニティなど暮らしの前提を揺るがすものも少なくありません。でも、調査結果をみると生活者の賛否は想像以上に拮抗していました。いま時点では「えっ」と思うようなことも、いつか世論を二分するような社会課題になるかもしれないということですね。コロナ禍が落ち着きはじめた今こそ、いつもより遠くを眺めたり、普段考えもしなかったことを想像する良いタイミングだと思います。来年の発表にご期待ください。
最後はお知らせです。お陰様で博報堂生活総合研究所は今年で設立40周年をむかえました。そこで、人間という不思議な存在への興味だけを糧にして、私たちが世の中を見つめ考えてきた軌跡をご紹介するオンライン・ミュージアム 「生活者」展1981-2021 を12/6に開設しました。このサイトでは過去に発行した研究レポート「生活新聞」の名作選・約200号に加えて、「みらい博」をはじめとする年に一度の社会提言、「シルバー30年変化」といった時系列テーマ調査など、40年間の研究成果を一覧いただけます。といっても、懐古趣味に耽るつもりもありません。過去に取り上げたテーマを最新手法のデジノグラフィで再分析するコンテンツも準備中です。過去から現在に続く流れを俯瞰しつつ、生活者の未来を考えるヒントが得られる内容になっていますので、是非覗いてみてください。
1989年博報堂入社。マーケティングプラナーとして得意先企業の市場調査や商品開発、コミュニケーションに関わる業務に従事。以後、ブランディングや新領域を開拓する異職種混成部門や、専門職の人事・人材開発を担当する本社系部門を経て、2015年より現職。
著書:『生活者の平成30年史』(共著:日本経済新聞出版社・2019年)
法政大学 非常勤講師。