奥山
これからのECに求められるのは、「楽な買物」だけではなく、「楽しい買物」であると僕たちは考えています。では、楽しい買物、ワクワクするような購買体験はどうすれば実現するのか。そこで「動画」が果たす役割は非常に大きいと考えられます。今回は、「EC+動画」ソリューションのトッププレイヤーであるLoop Now Technologiesの松本さんに、買物体験における動画の可能性についてお聞きしていきます。その前にまずは、ECをめぐる企業や生活者の最近の変化について整理しておきたいと思います。
清水
この数年で、ECサイトの構築や活用のご相談が非常に増えています。2018年頃から、ECの新しいスタイルであるD2Cブランドの成功事例が海外から伝わるようになって、多くの企業がオンラインチャネルの活用に関心をもたれるようになっています。その活用の新しい潮流が「動画」であると僕たちは捉えています。
澤田
ECは、生活者の買物の利便性を格段に向上させました。一方で、実店舗での買物の楽しさを求める生活者が依然少なくないのも事実です。家族や友人とショップの中を歩いたり、店員とコミュニケーションをとったりすることの楽しさを、コロナ禍によってあらためて思い起こした人も多いのではないでしょうか。
奥山
その「買物の楽しさ」をオンライン上で実現できるのが動画です。Loop Now Technologiesの「EC+動画」の取り組みをお聞かせいただけますか。
松本
私たちが提供している「Firework」は、アメリカで開発された、ショッパブル動画・ライブコマース・マネタイズ機能を備えた、世界有数の没入型「ショッパーテインメント」プラットフォームです。動画で企業のマーケティングを支援するのがこのプラットフォームの機能で、とりわけ「縦型」で「短尺」の動画をあらゆるウェブサイトやアプリに簡単に搭載できる点が大きな特徴になっています。これまで、グローバルで1400社以上にお使いいただき、動画視聴は月間1億回を超えています。
このプラットフォームの活用例で特に多いのがECサイトです。ECサイトを単なる決済チャネルにするのではなく、動画を用いたコンテンツを届けることで定期的にユーザー自ら情報を取りに訪れ、商品を購入したくなるような「ブランドメディア化」することを私たちはご支援しています。
奥山
「縦型」ということは、スマートフォンを意識されているということですか。
松本
そうです。2020年はコロナ禍でECの売上が大幅に伸び、物販EC売上の過半数をスマホ経由が占めるようになりました。また、2020年の物販EC売上の前年比増加分のうち約90%にあたる金額がスマホ経由というデータがあります。これらのデータから分かる通り、EC利用はスマホが主体になりつつあるということです。
縦型動画なら、スマホを傾けて動画を横表示させなくても、スムーズに視聴することが可能です。SNSでは縦型動画が増えていますが、ECサイトを含めたウェブサイト上の縦型動画はまだまだ少ないのが現状です。その課題解決を提供するのがFireworkです。
奥山
「短尺」であることの意味についてもお聞かせください。
松本
インターネット上には情報が溢れているので、いかに短い時間で有益な情報をユーザーに伝えるかが重要になります。60秒未満の短尺動画を複数つくり、それをストーリー形式でECサイト上で配信し、その中でとくに興味のある動画をユーザーに選んで見てもらう。そのようなユーザー体験をクライアントには提唱しています。
奥山
Loop Now Technologiesが手掛けている動画にはどのようなものがあるのですか。
松本
一つはショッパブル動画で、これは今ご説明したような短尺動画を見てもらい、動画内で商品情報を見た上で購買ページにシームレスに移動させることを可能にするソリューションです。
もう一つが比較的長尺のライブコマースです。Fireworkのライブ配信機能には、アンケートや投票などユーザー参加型機能を組み込んでいます。ライブコマースは短期的な売り上げを伸ばすことを目的にするのではなく、双方向のコミュニケーションよってブランドと顧客の接点をつくり、そこから繰り返しライブコンテンツを見てもらうことによってロイヤルカスタマーとなる道筋をつくっていくためのソリューションです。
澤田
エンゲージメントを高めるためにライブコマースを行い、そこで生まれたショッパブル動画を資産として売上に結び付けていく。そんな整理ができそうです。「楽な買物」と「楽しい買物」を両立させるという点ではいずれも同じですが、それを目的に応じて使い分けることを提唱されているわけですね。
松本
そのとおりです。ECサイトに掲載される情報は、これまではほぼテキストと静止画に限られていました。そこに動画を組み込むことで、実店舗における接客を再現できるし、従業員と顧客とのコミュニケーションをつくり出すことも可能です。その結果として、ECサイトを「販売チャネル」から「ブランドメディア」へと成長させて、顧客との長期的な関係を築くことができると私たちは考えています。
奥山
ECに動画が加わることで、生活者の購買体験も変わっていきそうですね。
澤田
リアル店舗で味わえる買物の楽しさとECの提供する利便性が合わさり、まさに「楽で楽しい買物」が実現することですよね。また、動画はアーカイブもできるので、ユーザーが好きなときに買物の楽しさを体験できるようにもなると思います。
清水
いち生活者の立場から見れば、動画はこれまでのECサイトにはなかった発見をもたらしてくれるような気がします。ECには便利なリコメンド機能があって、例えば消費財などが切れるタイミングでポップアップ通知やメッセージで知らせてくれたりします。とても便利な仕組みで、それが生活利便性を向上させていることは間違いありませんが、当たり前のように同じ商品を買い続けることにもなります。
しかし、動画でいろいろな商品の魅力を体験することで、より自分に合った商品を見つけることが可能になると思います。店舗の陳列棚で新しい商品に出会うような体験と言ってもいいかもしれません。
奥山
もちろん、単純に動画をつくって配信すればいいということではないと思います。ECにおける動画活用の成功のポイントを教えていただけますか。
松本
特にライブコマースに当てはまることですが、私たちはクライアントに「動画からの売上だけをKPIにしない」ことをお勧めしています。ライブコマースは、ロイヤル顧客の育成に力を発揮するコミュニケーションツールです。ですから、KPIとすべきは、サイトへの再訪率、滞在時間、LTV(生涯顧客価値)などです。例えば、ライブコマースを見た上で、実店舗に足を運んで商品を購入するケースもあり得ます。動画からの直接の売上をKPIとすると、そのような別チャネルからの売上を動画の成果としてカウントすることができなくなります。
奥山
それは重要な視点ですね。ECに動画を使うとなると、動画配信直後の売上やROI(投資対効果)をKPIにしがちです。
松本
動画からの直接の売上だけをKPIとしてしまうと、どうしてもコンテンツの内容がセールス一辺倒になってしまいます。そのような動画は顧客にとって「楽しい体験」にはならないのではないかと私たちは考えています。
澤田
コンテンツ自体を楽しんでもらうことで買物の楽しさを味わってもらえるのが、ライブコマースの力です。ライブコマースが本来提供すべき価値を捉えた施策評価が求められるということですよね。
別の視点で考えると、動画によってECに「楽しい買物体験」という要素が加わると、新しい競争原理が生まれる可能性もあります。ECで「楽しさ」を伝えられないブランドは、生活者のプリファレンスが下がり売上を落としていく。そんな時代が早々にやってくるかもしれません。
松本
それからもう一つ、継続性も大切だと思っています。例えば、ライブコマースを定期的に配信すれば、配信時間に多くのユーザーがサイトにアクセスしてくれるようになります。それによって、顧客との継続的なリレーションが生まれます。
また、最初から優れた動画コンテンツをつくれるとも限りません。継続的に配信しながら、顧客とのコミュニケーションを通じてコンテンツをブラッシュアップしていく必要があります。Fireworkには、管理画面でどのストーリー動画で視聴完了率が高かったのか、ライブのどのタイミングで「いいね!」がついたか、あるいはどのタイミングでカートに商品が入ったかを確認することができます。 それを参考にして、より楽しんでもらえて、より購買欲求を高めるようなコンテンツづくりをしていくことをクライアントには提唱しています。
清水
その考え方は、D2Cブランドとも通じると思います。D2Cブランドでは、頻繁に顧客とチャットやコメント欄で対話しながら、商品に対する意見や感想を聞いて、商品の改良や新しい商品開発に活かす手法がとられています。。ECにおける動画は、ブランドにとって顧客と継続的なリレーションを構築していくための重要な手段になっていくと思います。
松本
そう思いますね。Fireworkでご活用頂けるアンケートや投票といった機能は、まさに顧客のニーズを拾って商品開発にもお役立て頂ければと思い提供をしております。しっかり顧客の意見を取り入れるという姿勢がブランドへの信頼に繋がっていくと考えております。
清水
日常的にクライアントとお話して感じるのは、ブランドパーパスをどのように生活者に伝えて、どのようにして浸透させていけばいいかを多くの企業が苦慮されているということです。広告などでパーパスを表現することはできますが、顧客との接点ということを考えた場合、ECサイトもまたパーパスを伝えるメディアと考えられるべきです。企業によっては、ECサイトこそが最大の顧客接点であるケースもあります。
その点、先ほど松本さんがおっしゃったように、動画はECサイトをブランドメディア化するツールであり、購買接点で動画を使ってブランドパーパスを伝える手法が今後定着していく可能性もあるのではないでしょうか。パーパスの理解浸透と購買をシームレスにつなげる力が動画にはあると思います。
奥山
ブランドのパーパスに共感する生活者が商品を買う。そんな新しい購買スタイルが動画によって生まれるかもしれませんね。
松本
先ほどD2Cの話が出ましたが、ライブコマースを通じて顧客とともにブランドを育てていったり、新しい商品を開発していったりするケースも今後は出てくると思います。また、動画を通じた一種の受注販売や予約販売のようなシステムも実現可能だと思います。
奥山
Loop Now Technologiesは現在、博報堂DYグループのデジタル・アドバタイジング・コンソーシアム株式会社(DAC)との協業でいくつかの広告ソリューションを展開しています。それについても松本さんからご説明いただけますか。
松本
Fireworkストーリー動画ネットワークと呼ばれるソリューションは、自社サイト以外のメディアへ自社の縦型動画を広告素材として配信が可能です。このソリューションのメリットとして、スマホに最適化された没入感のあるフォーマットによって高いエンゲージメントが期待できること、DACの知見によって厳選したメディアに配信できること、課金の仕組みが明瞭なことなどが挙げられます。
もう一つはライブコマースに関するものです。Fireworkはライブ配信を自社ECサイトとInstagramやYouTubeといったSNSでの同時配信を可能にするソリューションでして、これだけでもある程度の集客が期待できます。DACとの協業により、さらに特定のメディア上でもライブの同時配信が可能な広告メニューを開発致しました。これにより、広告主と親和性の高いメディアのユーザーに対してライブコンテンツを届けることが可能になります。
清水
いずれも、「面」を増やすソリューションですよね。これまで、ライブコマースのマーケティング上の課題は集客にありました。配信するメディアが基本的に一つに限られてしまうので出演者のフォロワーやブランドのファン以外の幅広い生活者に偶発的に動画を届けることが難しいという課題です。その点、ほかのメディアやSNSで動画を同時配信できれば、より多くの生活者に動画を楽しんでもらうことができるようになります。
松本
どれだけいいコンテンツをつくっても見られなければ意味がないですからね。私たちのツールと博報堂DYグループの皆さんのメディア運用の知見を組み合わせることによって、たくさんの人たちに動画を見てもらうことを可能にするソリューションということです。
澤田
Loop Now Technologiesのテクノロジーやソリューションと、博報堂DYグループのクリエイティビティや事業理解に基づくプラニング力の掛け合わせには大きな可能性があると思います。私たちは、生活者の購買行動の変化への対応として3つ、重要なポイントがあると考えます。まず、どのような買物体験を生活者は「楽しい」と感じるのか。ここでは、徹底的な生活者視点によるクリエイティブアプローチが必要です。2つめは、「楽な買物」を実現するユーザーインターフェースとはどのようなものか。この領域では、生活者視点をテクノロジーに込めて実装することが重要になります。そして3つめが、新しい購買体験をどうやってクライアントの事業の成長につなげていくかという視点です。ただ「流行している手法」として試すのではなく、事業・ブランド成長の手段としてどう活用するかを考え尽くすべきと考えています。
Loop Now Technologiesと博報堂DYグループの強みを組み合わせることによって、クライアントの事業戦略に寄与する「EC+動画」の活用モデルを実装・提供していくこと。それがこの協業のこれからの目標になると思います。
奥山
動画の力によってECの可能性を大きく拡張していく。そんな取り組みをこれからともに進めていきましょう。
2009年にヤフー入社。広告セールスや子会社が運営する女性向けメディアのマネタイズ責任者を経て、事業統合に伴い2020年にdelyへ転籍。2021年8月より現職でFireworkのセールスやDACとの共同事業である広告商品の設計等に従事。
2004年博報堂中途入社。大手通信会社を中心に長らく営業職を担当し、2019年より現職。ショッパーマーケティング・イニシアティブのメンバーとして、EC領域に特化した組織横断型プロジェクトチームである「HAKUHODO EC+」を推進する。
2017年に博報堂入社。営業・メディアプラナーを経て現職。EC事業の中長期戦略策定・D2Cブランド立上げ・ECチャネル戦略策定など、ECを起点とした事業プラニングを担当。
2018年博報堂中途入社。金融、グローバルメーカー等のビジネスプロデューサーを担当後、2021年より現部署。HAKUHODO DX_UNITEDの統合プロデュース機能を担うDXプロデュース局にてビジネス創出から実装まで幅広く担当。ライブコマースプロジェクトの一員として案件のビジネスプロデュースを担う。