奥山
博報堂DYグループ内のEC領域のナレッジやスキルを集約しワンストップでサポートするグループ横断型組織「HAKUHODO EC+」が博報堂内に立ち上がりました。その取り組みを紹介する連載の第1回目は、「EC+」という名称の「+」に込められた意味合いを、博報堂におけるショッパーマーケティングを牽引する青木さんと、同じくデータマーケティングを牽引する浮田さんに聞いていきます。
青木さんは、博報堂買物研究所の所長などを務めたのち、この4月からメディアとマーケティング領域を統合してDXを進める「HAKUHODO DX_UNITED」の責任者を務めています。また、10月に発足した博報堂DYグループ9社の横断組織「ショッパーマーケティング・イニシアティブ」にも関わっています。
浮田さんは、ダイレクトマーケティング領域で長く活動し、ダイレクトマーティングが通販から「データドリブン化」していく過程をよく知っています。
また、私奥山は今までEC領域を担当しており、クライアント企業の多様化するEC課題を解決するお手伝いをしてきました。そしてこのたび発足したHAKUHODO EC+のリーダーに就任しました。
まずは、「EC+」の「+」に対する見方をお二人にに話してもらいたいと思います。
青木
もともとECは、マーケティングファネルの一つの「出口」である購買チャネルをデジタル化したものでした。しかしこの数年で、ECの役割は大きく拡大しています。単にオンラインでモノを売るチャネルではなく、生活者とつながる「起点」、博報堂の言葉で言えば「生活者インターフェース」になっている。そう考えることが可能だと思います。
従来のマーケティングファネルでは、認知、理解、購入意向、購入、CRMという流れで生活者の動きを捉えていました。しかし最近では、「認知した瞬間に購入する」といった行動が生まれている一方、「購入した瞬間に長期的関係が成立する」サブスクリプションのようなモデルも一般的になっています。つまり、ファネルのあらゆる段階がコマースの場となっているということです。これはまた、ブランディングと購買行動が瞬時につながることも意味します。
つまり、ECは生活者と企業がつながる「入口」であり、ブランディングの起点にもなりうるということです。それが「EC+」の「+」の意味であり、私たちのような広告会社がECに取り組む意義もそこにあると考えています。
浮田
購買ファネルのフェーズも順不同になってきていますよね。例えば、購入後のCRM。従来の一般的な手法にダイレクトメール(DM)を送付するというのがありますが、DMはデジタル化することで「はがき」から「コンテンツ」に代わり、面白ければ他人にシェアされるようになりました。すると、このコンテンツを見て、別の生活者が新たな顧客になるというようなことも生まれてきています。これまでなら既存顧客にしか目に触れることのなかったものが、新しいお客さんを連れてくるという役割、すなわち、CRMの施策がアクイジション(新規顧客獲得)で機能しているということになります。いわば、CRMとアクイジションが順不同で結びついているわけです。
このような一方向の直線ではなくなったファネルのあらゆるフェーズでECが登場してくる可能性があり、それも「EC+」であると言えると思います。
奥山
「EC+」をデータ活用という視点でどう捉えるか。考えを聞かせてください。
青木
ECが生活者とのインターフェースになり、そこにインタラクションが生まれれば、いろいろなデータを獲得できることになります。それによって、顧客をより深く理解できるようになるでしょう。
また、企業のオウンドサイトとECサイトがデータによってシームレスになっていく可能性もあると思います。ECサイト上で生活者とのインタラクションを活性化させてさまざまなデータを獲得しようと思えば、コンテンツやコミュニティを充実させる必要があります。そうなると、ECサイトの役割はオウンドサイトに限りなく近づいていきます。一方、オウンドサイト側にもコミュニティをつくり、そこに決済機能が加わればほとんどECサイトとの差はなくなります。
購買データだけでなく、どのようなコンテンツに興味をもち、コミュニティにおいてどういう発言をしているかといったデータを同意のもと取得することが生活者理解には必須です。そのようなデータをECサイトとオウンドサイトを一体化させることで獲得していくことが、クッキーが使えなくなる今後は非常に重要になっていくはずです。
奥山
オウンドサイトとECサイトをシームレスに連携させることで、幅広くかつ深いパーソナルデータを獲得することができるということですね。
青木
ええ。とくにこれまでエンドユーザーとの直接の接点のなかったメーカーなどは、オウンドサイトとECサイトを一体化した生活者インターフェースを上手に使うことで、ユーザーとの新しい関係をつくっていくことができると思います。
浮田
従来は、配荷率(商品が店頭で売られる割合)を上げることがメーカーの大きな目標でした。しかし、ECが多様化して生活者の購買ポイントが増えれば、配荷率の概念も変わっていくことになります。リアル店舗で売られる割合だけが配荷率というわけではなくなるということですね。また、ECを含めた配荷率が上がるということは、データ取得の機会が増えるということでもあります。結果として、これまでのフロー型マーケティングがますますストック型マーケティングに変わっていくことになるでしょう。
奥山
「売って終わり」ではなく、データを活用することで次の購買につなげることができる。それが「ストック型」ということですね。
青木
もう一つ、ECを活用して生活者とつながる手法がオフラインにも流用できる。そんな視点もありうると思います。例えば、店頭のデジタルサイネージとスマートフォンを組み合わせて、パーソナルサービスを提供するといった手法です。これはいわば、リアル空間をEC化する取り組みです。生活者の側から見れば、オンラインとオフラインを行き来しながら新しい購買体験を得られる仕組みであり、売る側から見れば、ポストコロナにおける生活者との新しいつながり方の一つと言えると思います。
浮田
さきほどファネルのフェーズが順不同になっているという話をしましたが、生活者の動線も多様化し、オンラインからオフラインへという流れも、その逆の流れも両方あって、どちらがメインということではなくなってきています。売る側は、ECとリアル店舗を含めた購買接点のすべてをトータルに見ながら、生活者との最適なコミュニケーションを実現していく必要があります。それによって、生活者に対してより豊かな購買体験を実現できるようになるのではないでしょうか。
奥山
ECの拡張の可能性を「人」という切り口から見ると、何が見えてくるでしょうか。
青木
情報が爆発的に増えることによって、何を買うかを決めるのが逆に難しくなっているという側面があります。ライブコマース、CtoC、EtoCなどの「人」を介するモデルに注目が集まっているのは、顔の見える人が商品をレコメンドしたり、人の温かみを感じられるような購買行動が実現したりすることで、「確かなものを選べる」という実感が得られるからだと考えられます。
奥山
EtoCは、従業員(Employee)が動画などを活用して自社の商品やサービスを顧客に向けてリコメンドするモデルですね。
青木
そうです。情報が「人」に紐づくことによって、情報の信頼性が上がる。それがECの拡張の一つの方向性になっていくと思います。
浮田
リアル店舗でも、店員と話しながら商品を選んで買うのは楽しい体験ですよね。人と人が接することで、そこにエモーションやワクワク感が生まれるわけです。そういうワクワク体験をECという場でいかに実現するかがこれからは試されそうです。単に「便利だからECで買う」のではなく「楽しいからECで買う」。それもまた、「EC+」における「+」の意味ではないでしょうか。
奥山
「場」という切り口での視点はどうでしょうか。
青木
モノを売る場所では「雰囲気」がとても重要です。旅行に行くとついモノを買ってしまう、あるいは季節を先取りした雰囲気の売り場でつい商品に手が伸びてしまう。そういった行動には、売り場の雰囲気が大きく作用していると考えられます。そのような雰囲気をコンテンツよってどうつくっていくか。それがEC拡張の一つの課題かもしれません。
浮田
雰囲気を作ることに加えて、情報を配信するモーメントやシチュエーションを考えることも大切ですよね。夜だから買う、一人だから買うといった行動はよく見られます。「場」に加えて「時間」や「状況」という切り口で購買行動を喚起することもまた、EC拡張の方向性の一つだと思います。
奥山
ECの機能が拡張していくと、ECに求められるKPIやKGIも変わっていきそうです。
浮田
売上は依然重要な指標であり続けるとは思いますが、新たな指標として中長期視点を加味した指標も大切になってくると思います。
青木
おそらく、LTV(生涯顧客価値)が重要な指標になっていくでしょうね。KPIを短いタームで見ていきながら、それを積み重ねて長期的なKGIとしていく。そんな「EC+」独自のモデルをつくることも可能だと思います。
奥山
ECの新しい効果指標をつくるところに、博報堂DYグループのクリエイティビティや構想力がいかせそうですね。最後に「EC+」の今後の可能性について、お二人の考えを聞かせてください。
青木
これまで述べてきたように、「EC+」の「+」は、生活者との新しいつながりをつくるという意味での「+」と考えることができます。生活者とつながるためのインターフェースやコミュニケーションの仕組みづくりは、まさに私たちが得意とするところです。生活者とのつながり方を設計し、さまざまな接点でデータを獲得し、それを新しい体験設計に活かしていく──。その一連の取り組みをトータルに実現できるプレーヤーは決して多くはないと思います。博報堂DYグループだからこそつくることができる新しいECの形。それを今後世の中に広く示していきたいと考えています。
浮田
ファネルのようなマーケティングフレームがなくなり、ファネルにくっついていた手法の組み合わせも無数に生まれているのが現在だと思います。フレームのないところでクリエイティビティを発揮し、新しい方法論をつくっていくことができるのが博報堂DYグループの強みだと思います。
ECの新しい方法論を創り出すチャレンジを、これからも続けていきたいと思います。
1989年株式会社博報堂入社。博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター室長、博報堂研究開発局長を経て、2021年4月より現職。マーケティングDXとメディアDXを統合した価値創造型のDXを推進する戦略組織HAKUHODO DX_UNITEDを担当。
1993年株式会社博報堂に入社。入社以来、現在に至るまでストプラ職として、ブランドマーケティング、ダイレクトマーケティング、デジタルマーケティングに従事。その間、株式会社博報堂DYメディアパートナーズにも所属し、マーケティングとメディアの統合プラニング部門を担当した。
2020年より株式会社博報堂に戻り、2021年からは戦略組織HAKUHODO DX_UNITED内のプラニング部門を担当。
2004年博報堂中途入社。大手通信会社を中心に長らく営業職を担当し、2019年より現職。ショッパーマーケティング・イニシアティブのメンバーとして、EC領域に特化した組織横断型プロジェクトチームである「HAKUHODO EC+」を推進する。