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BXラウンドテーブル【第1回 経営とブランド・後編】
「なぜ今、経営にブランドが必要なのか?」

2022.01.12
#BX#ブランド・トランスフォーメーション
新しいブランドのあり方を議論し、共創する場「BXラウンドテーブル」。新進気鋭の研究者たちと、ブランディング実務の最前線で活動する博報堂社員による「BX=ブランド・トランスフォーメーション」の議論の内容を広く共有していきます。
11月に開催された第1回のラウンドテーブルでは「なぜ今、経営にブランドが必要なのか?」と題して、活発な議論が展開されました。その模様をお伝えします。

参加者(五十音順)
岩嵜博論 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授
杉谷陽子 上智大学 経済学部経営学科 教授
本條晴一郎 静岡大学 学術院工学領域 事業開発マネジメント系列 准教授
水越康介 東京都立大学 経済経営学部 教授
山野井順一 早稲田大学 商学学術院 商学部 准教授
宮澤正憲 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局局長
*司会:岡田庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局部長

経営とブランディングを結びつける4つの視点

第1回BXラウンドテーブルは、博報堂の宮澤正憲による昨今のビジネス環境やブランディングの概念変化についてのプレゼンテーションを踏まえて、全体ディスカッションへ。ファシリテーターである岩嵜博論氏から4つのディスカッションテーマ(下記)が提示されました。
【本日のテーマ】
1.未来の経営においてブランドはどのような存在になるのか?
2.従来のブランディングからどのように変わると思うか?
3.生活者や社会にとって良い企業・ブランドを生みだすために、何が重要なのか?
4.BXとデジタルテクノロジーの関係性とはどのようなものなのか?
話題はさまざまな領域に及び、「そもそもブランドとは何か?」という本質論からはじまって、ブランドのステークホルダーの拡大、新しい企業と顧客の関係性、ヒューマニティとブランドの関係、ブランドを起点とした事業変革の可能性など、活発な意見交換がなされました。

テーマ1:未来の経営において、ブランドはどのような存在になるのか?

最初のテーマは、「そもそも日本の経営者はブランドをどう捉えているのか?」という山野井氏の問いからディスカッションがスタート。企業・組織の求心力としてのブランドの役割、事業変革とブランドとの関係などについて議論が交わされました。

山野井 これまでの博報堂の調査などで、経営層にずばり「あなたにとってブランドとは何ですか?」と問いかけたことはあるのでしょうか?

宮澤 定量的に調査したことはないですが、捉え方は経営者によってだいぶ違うという印象があります。ブランドを経営の主軸に据えて「ブランド=ビジョン、パーパス」という感じで捉えている人がいる一方で、「広告や宣伝のための手法の一種」だと考える人も少なくない。

本條 私は普段、浜松にいるのですが、地元の中小企業の経営者と話していると、ブランディングだと思わずにブランディングを実践している人が一定数いるんです。例えば、自社が先進的な企業であると認知してもらえるようにすべての振る舞いを調整しているのに、その活動をブランディングだとは全く思っていない。彼らにブランドの話をすると、「いや、うちはブランドなんて関係ないから」と(笑)。

水越 ブランドとかマーケティングという言葉自体を嫌う人は多いですからね。モノづくり企業の方にブランディングの話をすると、「要するに宣伝で売るってことでしょう? うちはちゃんと本物をつくってる企業ですから」と言われる(笑)。

山野井 しかし、今までブランディングに興味のなかった経営者たちも、今後は無視できなくなるのではないかと考えています。ブランドへのアイデンティフィケーションが高い企業ほど、従業員の内発的動機付けが高くなるという研究がある。リモートワークがますます進んで会社に行かなくなり、対面で顔を合わせる機会が減ると、自分は何のために働いているのかと考える従業員が増えてくる。そのときに、ブランドが「つなぐもの」として機能してくるのではないかと。

宮澤 たしかに、最近の我々のブランドの仕事でも、半分ぐらいは組織が関係する話です。経営者がブランドを作りたいという場合、ブランドをしっかりと定義することで、中の組織を一つにまとめたいと考えていることが多い。ブランドが企業の求心力の根幹になってきている印象があります。

山野井 それともう一つ。経営におけるブランドということでいうと、今、多くの経営者が変革をしなければと考えている。事業を変えようとすると、既存事業が思考のスタート地点になってしまいがちです。でも、先にブランドから考えて「我々はこういう会社を目指そう」という目標を設定できたら、もっと自由な発想での変革が可能になるのではないかと。ブランドはそういう道標(みちしるべ)としての役割を持っているなと。

宮澤 その通りだと思います。実際に経営者と話していても、そこを理解して変革に取り組んでいる方も少なくはないです。一方で、目標やビジョンがあって変革を進めているというよりは、変革自体が目的化しているケースも多くみられます。道標としてのブランドの議論がないまま、DXに取り組んでしまっていたり。

本條 この議論で、トランスフォーメーションした先のブランドを提示したいですね。中小企業の社長にも、「あ、ブランドってそういうことか」と理解してもらえるような。

杉谷 私も今回の議論で、ブランドをどう定義するかはとても大事だと思います。私がブランドという概念に最初に出会ったとき、「顧客の心の中にある企業の資産である」と習った記憶があるんですね。だとすれば「顧客がどう思っているか」という視点は、ブランドを考えるときに外せないのではないかと。インターナルブランディングも、顧客からどう見てほしいか、それに従業員がどう対応すべきかがベースになるはず。その意味でも顧客という視点は外せないと思ったのですけど、いかがでしょうか。

水越 たしかに企業の目線だけでブランドを定義してしまうと、ビジョンと変わらないですからね。そこに顧客視点をうまく取り込めると、ビジョンとは違うものが提示できそうですね。

テーマ2:従来のブランディングからどのように変わると思うか?

2つめのテーマでは、ブランディングの変化を象徴する要素として、ブランドのステークホルダーの拡張、そして企業と生活者の新たな共創関係・コミュニティが中心議題になりました。

山野井 杉谷先生のお話に関連するのですが、マーケティング論では今、ブランドのステークホルダーをどう捉えているのでしょうか。顧客以外の視点は?

水越 ブランドを形成する主体は、かつては消費者・生活者が中心でしたが、サプライヤーや株主、地域住民などあらゆるステークホルダーに広がってきています。

本條 時期的には2000年代半ばぐらいからの印象ですね。私にとって特に印象的だったのは、先ほど岩嵜さんが挙げられたサービス・ドミナント・ロジックの提唱者であるステファン・バーゴらが2009年に発表した「The evolving brand logic: A service-dominant logic perspective」というコンセプトペーパーです。そこでは「顧客以外のステークホルダーとの社会的関係を含めてブランドを考えないといけない」と明示的に書かれています。ブランドは顧客の認知の中にあり、消費や生活に関わるあらゆる要素が関わって認知が形づくられるから、ステークホルダーを全部踏まえた上でブランドのことを考えなきゃいけないということになります。

杉谷 ステークホルダーがそのブランドをどう見ているかは、ブランド価値の大事な要素ですよね。株主や地域社会の人々から「信頼できる企業」「素晴らしい製品をつくっている企業」などと認識されているならば、それもブランド価値。あなたは消費者、あなたはステークホルダーとか、あえて分けなくてもいいのかなと。
実際、最近はそうした垣根が曖昧になっているのではないでしょうか。従業員も顧客の立場になることがあるし、顧客もSNSで情報発信するときは、企業のマーケターのような視点に立っているのかもしれない。

宮澤 おっしゃる通りで、最近はステークホルダーが切り分けにくくなっていますね。かつては企業にとって、自社の従業員と顧客は別物でした。以前は社内で「売れる」と思われた新商品でも、発売したら全然売れないなんてこともよくあった。でも最近は、社内で「売れる」と思われたものは実際に売れて、社内でイマイチなものは外でも売れない。従業員も一人の生活者。株主もそう。顧客だけでなく、関係者を全部まとめてブランドの対象にしなければならないという議論があります。

岩嵜 先日ニュースを見ていたら、ある居酒屋で、常連客が店員になって時給で働けるようにしている事例を紹介していました。お客さんはそのお店のことが好きだから働きたい。食事していた人が突然お皿を洗い出すと(笑)。お客なのか企業側なのか、曖昧になっている世界が生まれている。いろんな関係性がゆるやかになり、入り混じっていく共創の時代においては、人を惹きつける企業やブランドであることが大事になりそうです。

山野井 副業時代もそうですよね。スキルさえあればどこでも働けて、複数の企業に所属することが当たり前になってくると、この会社で働きたいと強く惹きつけるものがないとコミットメントしてもらえなくなる。そこでブランドが機能すると、より優れた人材に高いモチベーションで仕事をしてもらえるかもしれない。

本條 私、自分が研究対象にした企業は好きになるんです(笑)。ブランドを深く知ることが喜びにつながって、ブランドに貢献している感覚を持つようになるのかも知れません。

水越 強いファンが社員になってくれれば、企業は上手くいくかもしれませんね(笑)。でもネットコミュニティなどは、コアなファンがいればいるほど一般の人が入りにくくなって衰退する現象がある。コミュニティのハードルをどう下げるかという問題もあります。

山野井 コミュニティが広がったり一人が複数のコミュニティに所属したりしていくと、今度はブランド同士やコミュニティ同士の競争や衝突も出てきそうです。戦うのか? それともブランドを超えて共創するのか? これも新しいブランディングのひとつの論点ですね。

テーマ3:生活者や社会にとって良い企業・ブランドを生みだすために、何が重要なのか?

3つめのテーマでは、これからのブランディングにおけるヒューマニティとテクノロジーの関係について意見交換がなされました。

岩嵜 宮澤さんのプレゼンテーションでも紹介されていましたが、コトラー名誉教授の最新の著書のテーマが「ヒューマニティ」なんですよね。

宮澤 「コトラーのH2Hマーケティング」 では、Human to Human Marketing、つまり人間を中核に据えたマーケティングを志向すべきだと。従来型のマーケティングの反省と、新しい意味での顧客志向、人間志向みたいな内容です。

杉谷 私も、これからのマーケティングやブランディングにおいてヒューマニティは重要なテーマだと考えていました。コロナパンデミックを含めて、社会的な価値観の変化の中で「人間性への回帰」という流れがあって、そこにマーケティングやブランディングが寄り添い始めたのかなと。

水越 コトラーのヒューマニティの話は、デジタルへの反動という面もありそうですね。数年前からのAI脅威論を受けて「人間だからこそできることに注目すべきだ」というロジックで、マーケティングも人間志向に回帰すべきだと。

本條 私自身はデジタルテクノロジーの発展に対して、大量生産の世界から脱して、人類のデフォルト状態に戻してくれるものだというポジティブなイメージがあったんです。もともと人類はカスタマイズされたモノを使うのが当たり前で、大量生産時代になって標準化されたものばかりになった。最近になってデジタルのおかげでカスタマイズコストが下がり、個々の好みに合わせたものが手に入るようになった。でもAI脅威論などの昨今の議論は、ネガティブな側面に光が当てられがちな気がします。

宮澤 生活をよくするテクノロジーなのに逆のイメージがついている。我々が実施した調査でも、テクノロジーの進める未来には比較的ネガティブな人が多く、自分の力の及ばないものに支配されるとか、そういうアンコントローラブルな印象を持たれているようです。

杉谷 デジタルテクノロジーは、カスタマイズの敷居を下げて昔の手作りの時代に回帰できるとか、あるいは遠くの人とオンラインで会話できるとか、個別に見ていくと人間らしい部分をサポートしてくれるはずですよね。それにネガティブな印象を持つのはなぜか、興味深いです。DXにも、リモートワークが進むことにも、なぜか人は抵抗感がある。その抵抗感の正体を知りたいですね。

宮澤 テクノロジーが人間の上位にくると、管理が厳しくなるといったディストピアのイメージになるのでしょうかね。本来は、テクノロジーと人間が共創できるのが理想的だと思います。チェスの世界だと、AI単体、あるいは人間単体で競うよりも、人間とAIがタッグを組むのが最強らしいです。

岩嵜 それも不思議な世界ですよね。ヒューマニティとテクノロジーがどのように共生・共存、あるいは共創しうるのか。

宮澤 少なくともそのような議論がないまま、目先の便利さや使いやすさだけに着目して、あくまで部分最適でテクノロジーの活用が進んでいる点は課題ですね。

テーマ4:BXとデジタルテクノロジーの関係性とはどのようなものなのか?

最後のテーマでは、なぜ日本企業のDXはオペレーションDXに陥りがちなのか、そもそもなぜ変革が苦手なのかといった疑問から活発なディスカッションがなされ、BXの意義について重要な見解が導き出されました。

岩嵜 宮澤さんのプレゼンテーションにもあったように、日本のDXは「オペレーションDX」の側面が強く、「価値創造DX」が進みにくい。日本企業はなぜ得意じゃないのでしょうか。

本條 オペレーションDXは百害あって一利なしだと私は思っています。「守りのDX・攻めのDX」という表現もありますが、オペレーションDXは、まさに守りのDX。守ることを優先して、陣地が狭いうちに防壁を高くしたらもう陣地は広がらない。結果的にせっかくつくった防壁が負債になってしまう。オペレーションDXはやらなくていいことを効率化しているように見えます。自社の何をどんな狙いでトランスフォーメーションするかを考えた上でまず陣地を広げ、必要であればオペレーションDXをすべきだと考えています。

山野井 なぜ日本企業は変革が苦手かという話ですが、米国で、ステークホルダー志向が高い企業ほど変革しづらいという実証研究があります。仮に既存事業をやめるとステークホルダーに迷惑がかかる。だから変革の意思決定が遅くなると。日本は、おそらく米国に比べてステークホルダー志向がさらに高い。従業員を簡単に切れない制度的な面もあります。今までのビジネスを続けながら少しずつ変えていく形になってしまって、ドラスティックな変革が難しいのかもしれないです。

水越 だからこそ、そこでBXが機能するような予感はしますね。ベンチャーやスタートアップであれば、DX先行、デジタルドリブンで新しい組織をつくっていきやすい。一方で、大企業が組織体を根本的に変えたい場合は、既存の組織を踏まえた変革思考が必要です。ブランド起点のトランスフォーメーションは、そこに向いているのではないかと。

岩嵜 つまり大企業はドラスティックな変化は苦手だけれど、ブランドドリブン、目的志向の変革のアプローチが有効なのではという指摘ですね。面白いですね。現実的には、目的がないままDXをしているので、手段と目的が逆転してうまくいかないと。

杉谷 私はDXの上にBXがあるという位置づけなのかなと思いました。DXは必須事項でも義務でもない。まずBXがあって、BXを進める中でパーパスやビジョンに合っていて、必要性があるときにDXが行われるべきであって。ブランドによってはデジタルが不要な場合もあるはずです。

岩嵜 「必ずしもDXをやらなくていい」という論点で思い出すのは、最近の百貨店の話です。今、外商事業が絶好調だそうですね。ECに勢いがあるから、百貨店もECを立ち上げるべきという発想になりがちです。でも、百貨店の競争優位性が、外商の担当者が提供する体験価値にあるならば、顧客との接点をデジタル化する必要は全くなくて。デジタルを使うなら、外商自体をデジタルマーケティングした方がいい。

本條 まさにその意味でも、DXありきではなくて、その上位概念としてBXがあるという整理はすごく良いイメージだなと思いました。DXはオペレーションDXに逃げることができますが、オペレーションBXというものは存在しないので、不可避的に価値創造につながります。守りのオペレーションDXに陥るのを打破することにもつながるのではないでしょうか。

第1回BXラウンドテーブルまとめ 「BXとは?」

最後に、本日の議論を通じて感じた「BXとは?」を一言ずつ書いていただきました。

水越 【BXとは、ブランドらしさを軸にした事業変革】
事業変革で大事なのは「らしさ」だと思っています。ステークホルダーにはさまざまな人がいて、みんな違うことを考えている。でも似通った部分もあって、事業変革ではその似たところと違うところの両方が必要。「多様性」をそのブランド「らしさ」で束ねるような事業変革がBXになるといいなと思いました。

杉谷 【BXとは、新しい時代を先読みするブランド戦略】
これから世の中がどんなふうに変わっていくのかを考えながら、企業は変革していかなければいけない。同時にマーケティングって新しい時代をつくる力もあると思うので、それも含めて、新しい時代をちょっと先取りできるような提案にしていけたらと。自分たちが未来をつくっていく、そういう意味合いを込めました。

山野井 【BXとは企業変革の要】
今日の議論の一つの到達点として、「DXの上にBXがある」と。このときのブランドは、単なる商標ではなく、企業のビジョンや価値観を含んで、さまざまなステークホルダーにも訴えるものでなくてはならない。我々は一体何を目指すのかが決まっていないと、事業をどう変革するのか、どんな顧客にアプローチするのかも決まらないですから。BXとは、何か変革したいときに最初に考えるべきことだと思い至りました。

本條 【BXは事業変革の道標】
「事業変革」をやりたいと考えている経営者が多いはずで、その期待に応えるべきだと思っています。そのときにこれを最初に考えるのがいいのだと伝えたくて、道標(みちしるべ)と書きました。まずBXを考える。その上でDXをすべきか、どんな事業変革を目指すべきかを考えるという流れになるといいなと思います。

岩嵜 【BXとは「ヒューマニズムとビジネスの統合」】
2020年代のビジネスの重要なキーワードの一つがヒューマニズムです。ブランドという概念は、ヒューマニズムをビジネスに持ち込むポテンシャルを持っているのではないかと。DX議論の問題点の一つは、ヒューマニズムを考えずにビジネスのことだけを考えているところで。今後はヒューマニズムとビジネスをどう統合できるか、それがブランドという概念を拡張することで実現できるのではないかなと、そういう期待感を持ちました。

宮澤 今日はとても貴重な意見交換ができたと思います。今後の議論につながるキーワードも出てきたと思います。ありがとうございました。

【第1回BXラウンドテーブル】
巻頭言 研究と実務の融合から生み出す「新しいブランド論」
□全体ディスカッション「なぜ今、経営にブランドが必要なのか?」(本記事)
次回(第2回 BXラウンドテーブル)のテーマは「パーパス」です。(2022年2月記事掲載予定)

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