堀 竜雄 氏(住友生命保険相互会社 営業企画部長)
古賀 聡(株式会社博報堂プラニングハウス 取締役 エグゼクティブマーケティングプラニングディレクター)
寺内 康人(株式会社博報堂 DXプロデュース局 ビジネスプロデューサー)
まず住友生命の堀氏は、同社が顧客接点モデルのDXにチャレンジすることになった背景として、「当社は100年以上、営業職員が勤め先やご自宅を訪問し、訪問を重ねることでお客様の信頼を得て、保険のご提案をして契約に結び付ける、という対面型の営業モデルを培ってきた。しかし、ここ数年、この対面型のビジネスモデルが難しくなっていたところに、コロナショックがあり、根本的な変革を求められた」と解説。とはいえ、保険商品はときに難解でデジタルだけでは伝わりにくい実態もあり、「デジタルシフトするとしても、やはりお客様に寄り添ってしっかりご提案するという最後は” 人”に根差した価値をベースにすべきで、そのうえで環境変化に合わせてどう顧客価値を生むかというDXが必要と考えた」と堀氏。そこで同社は現在、健康増進型保険「住友生命Vitality」という商品を軸にした顧客接点のDXを通じ、人のより良く生きる=Well-beingを、人とデジタルで支える取り組みを実践、新たに強化していくという目標を語りました。
続いて博報堂プラニングハウスの古賀が、その具体的な取り組み内容について紹介。まずは営業職員に会ったり資料を受け取ったりという一連のプロセスをもっと顧客都合に進化させようと考え、注目したのが、住友生命の公式LINEでした。「すでに公式アカウントに70万人のアクティブな友だちを見込み顧客とみなし、アンケートのほかAudienceOneやDEXといった博報堂DYグループのソリューションを使い、各顧客IDを健康に無関心な方、健康意識がある方、運動習慣がある方、商品への関心がある方、ライフステージ変化のある方の5段階に分類した。健康関心に応じたコンテンツ配信から、必要な情報をオウンド回遊も促しつつ提供するなど、一人一人のお客様に合った情報提供をデジタルでかなえた」と説明しました。また最終的に「オンラインか対面での商談かをお客様が選べるようにするだけでなく、営業職員がお客様と会話をする際に、事前に興味関心を把握することで、より深い対話につながっていく」と古賀。お客様が好きなタイミングと手段でつながることができ、さらに顧客接点においてより深いお客様理解に基づいた顧客体験を提供することで、成約の確率を上げることができたと語りました。さらにLINEやオウンドサイト訪問者から訪問者の特徴や傾向を探り、商品の特徴や機能を切り出したデジタル広告も展開。LINEへの新規登録へつながる流れを構築しており、確度の高い見込み顧客をつねに数多くフレッシュに保ち続ける顧客アプローチもあわせて実現していると紹介しました。
最後に博報堂の寺内は、「これまでのコンバージョン至上主義の考え方では生活者の気持ちがおざなりにされてきた。データプライバシー保護の気運もあり、今後企業としては、データはお客様のものであるという前提のもと、いかに顧客との長期的な関係性をつくり、思いに寄り添えるかが問われる」と切り出し、「住友生命Vitality」は健康になることでリスクを改善するというコンセプトで、お客様はバイタルデータをインプットすることで様々なメリットを享受できるため、自然にデータを提供いただける環境になっていると解説。その価値ある体験が人の行動や思考を変化させ、一人ひとりのWell-beingにつながり、ひいては日本人の健康寿命の底上げという社会課題解決につながると語り、今回のDXが、保険業から社会のWell-beingを支える企業へのブランド・トランスフォーメーション実現に向けた第一歩としてのチャレンジとなったことを示しました。そして「市場環境が変化し価値観も揺らぐ時代だからこそ、最後は人、思いが大切。人に根差した価値を信じる住友生命と博報堂で、日本の社会課題解決にもつながる価値創造型DXに共にチャレンジできることを幸せに思う」と締めくくりました。
大原 恭子 氏(東京地下鉄株式会社 経営企画本部企業価値創造部 課長)
萩原 陽介(株式会社博報堂 第二MDコンサルティング局 マーケットデザインコンサルタント)
長田 陽介(株式会社博報堂 CMP推進局第一グループ 兼 TEKO ビジネスプロデューサー)
2015年から始まった東京メトロ社の企業広告コミュニケーション、“Find my Tokyo.”をEC事業化した活動『Find my Tokyo.BOX!』について、冒頭で博報堂の萩原は「“Find my Tokyo.”は発見感のある東京の魅力を伝え続けることで、東京メトロ社のステークホルダーである沿線地域(店舗や施設)と生活者をつなげることを目的としてきたが、『Find my Tokyo.BOX!』は生活者にサービス体験で新しい喜びを届けるチャレンジであり、“Find my Tokyo.”のブランド・トランスフォーメーションでもある」と語りました。
続いて博報堂の長田は、「最初の緊急事態宣言が出た頃はコロナで地域と生活者が分断された状態で、生活者はストレスを抱え地域のお店は経営難になり東京メトロ社の収益にもダメージが出ていた。そうしたリスクのある社会で今後どういう事業が望ましいかを検討することから始めた」と構想のきっかけを振り返ります。生活者にとっては新しい体験を、地域にとっては新しい収益機会を提供するプラットフォームづくりを東京メトロ社に呼びかけ、最初のサービスとしてつくったのが、商品と動画コンテンツで地域の店舗の新しい体験を提供するECサービスだと語りました。それに対し東京メトロ社の大原氏は、「コロナで既存事業が大打撃を受け新規事業を模索していたが、具体的に形にできていない状況で提案を受けた。やりたかったのはまさにこれだと感じた」と応じました。続けて長田は、構想をどう実装させていったかについて解説。既存事業がダメージを負っている状況なため、既存リソースの活用を重視するとともに博報堂自身も資金を拠出したと語りました。「もともとの“Find my Tokyo.”という広告フレームを資産ととらえ、これまで行っていた店探しや交渉を仕入れや調達のプロセスに、店舗コンテンツの蓄積を商品企画や動画制作に、ブランドイメージ資産やSNSフォロワーなどを顧客獲得に活用することを試みた」と説明しました。
さらに東京メトロ社からは地域や店舗とのつながり、広告媒体の提供など、博報堂からはフルフィルメントの機能を持つグループ会社の活用など、両社のスペシャリティ、リソースを出し合うことでスピーディかつ低コストで事業構築できたと語りました。大原氏は東京メトロ社が交通インフラとしてでなく、東京という都市の魅力と活力を引き出すことをミッションにしているとしたうえで、「外出がままならないなかでもECサービスを通して自宅で東京の魅力を体験してもらえるようになった。店舗に実際に行ってみたいと思ってもらえるような、将来の鉄道利用、店舗との新しい関係性創出にもつながるサービスにすることができた」と手応えを語りました。また博報堂のプロジェクトの特徴として「私たち以上に当社のこと、当社のお客様のことを思っていてくださるのを感じるし、プロジェクトの安定感、クオリティの高さはさすがだと思う」と大原氏。萩原も、「特にクリエイティブ領域で何度か大原さんに“感動した”と言ってもらえた。博報堂のクリエイティビティが事業領域でも発揮できたと思う。クリエイティブと実行部隊が同じグループにいるからこそのスピード感も出せた。これから事業の結果をしっかりと検証し、さらに地域と生活者のためになるサービスをつくりたい」と話し、発表を終えました。
寺西 五大 氏(三井物産株式会社 エネルギーソリューション本部 New Downstream事業部 新規事業開発室 室長補佐)
渡邉 藤晴 氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 コンサルティング事業本部 戦略コンサルティングビジネスユニット イノベーション&インキュベーション部長 マネージング・ディレクター)
久保田 夏彦 氏(一般社団法人渋谷未来デザイン コンサルタント)
大家 雅広(株式会社博報堂 ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター)
日本発の新たなスマートシティモデルとして、今年からテストサービスを一部開始した、shibuya good pass。冒頭で「技術ありきではなく、生活者と共につくる、生活者の暮らしをよりよくするためのスマートシティ=生活者ドリブン・スマートシティを目指している」と語ったミライの事業室の大家は、shibuya good pass が「公民共創まちづくり基盤」として、企業、生活者、行政の間に立ち、様々な都市サービスと生活者の声、社会的インパクトをマッチングし、プロデュースし続けるエコシステム自体を創出しているとし、その基点には生活者への深い理解があると続けました。
具体的には毎年博報堂が1万4000人を対象に行っている全国定量調査データの分析結果も活用しながら、渋谷の街づくりにおける5つのニーズクラスターを導き出し、それに基づいて活動を設計していると大家。たとえば月額定額でご近所乗り放題のモビリティサービス「good mobi」、地域住民が共同で電気を再生可能エネルギーに切り替え、収益の一部がNPOなどの街づくり活動に活かされる「good energy」、クリエイティブなオフィスと連携した空間貸しサービスや、美容室と連携し一人ひとりのCO2 排出量を可視化する脱炭素の取り組みについて紹介。また代官山のインクルーシブなコミュニティづくり「代官山ひまわりタウン」との連携活動、人気ダンサー/インフルエンサーのFISHBOYさんと実施する映像配信型ダンスイベント、あるいは初代から笹塚に及ぶ緑道地域の開発事業においても街の人から様々な声を収集。こうした地域とのリアルなつながりを、スマートシティの取り組みにつなげていくとしました。さらにデジタルツイン上での生活者との共創の取り組み、またアプリを通じて街の様々なデータを可視化し、住民のアイデアを載せていくという取り組み、NPOや企業と連携したオンラインの語り合いの場の運営といった取り組みを通して、生活者基点の新しい街づくり、行政、企業、市民という立場を越えた産業のエコシステムを実現したいと述べました。
連携パートナーである三井物産の寺西氏は、「当社は国内外で様々なスマートシティ事業に取り組んできたが、変わり続けるニーズに対して答え続ける街をスマートシティととらえ、生活者の共感を束ねる必要があると考えた。サービスや事業を完成させてから世に出すというアプローチではなく、構想を発表してから生活者の共感を募りながら進めるというやり方は、まさに生活者ドリブンの様々な活動をされてこられた博報堂が得意とするクリエイティビティが鍵になると思う」と述べました。
また、「渋谷モデルのスマートシティを一緒につくれたら」と語るのは渋谷未来デザインの久保田氏。「渋谷区は自治体の中でもスマートシティに積極的に取り組んでいるが、データ集積の点で課題があった。また民間ではすでに既存ドメインを越えた事業展開が進んでおり、我々も産官学民連携でサステナブルな事業をつくるべきだと模索していた。そんなときにshibuya good pass のお誘いをいただき、その構想に非常に共感した。思いだけではエコシステムはつくれないので、活動の効果や実感をエビデンスで証明していき、それに基づいた政策決定、企画につなげ、価値を検証していきたい」と、行政と民間の橋渡し役としてプロジェクトに参画する意義を語りました。
最後に三菱UFJリサーチ&コンサルティングの渡邉氏 は、shibuya good pass を通して従来の貨幣価値から、”感謝・感動”といった新しい価値を支える金融の世界を推進したいとし、具体的にはgood passで得られたエビデンスをもとに金融商品をつくり、そこから出てきたエビデンスをgood passに還元するというサイクルを仕掛けていきたいと展望を述べました。大家は、shibuya good pass によって、街を舞台に生活者と共創でつくる新しいブランドのありかたを実現させていきたいと発表をまとめ、博報堂が産業創出領域でもクリエイティビティを発揮することで、生活者ドリブン・スマートシティの実現というブランド・トランスフォーメーション実現に貢献していることを示しました。