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クリエイティビティがDXの成否を決める
【生活者インターフェース市場フォーラム2021レポート】

2022.01.28
#クリエイティブ#テクノロジー#生活者インターフェース市場
デジタルトランスフォーメーション(DX)は業務やサービスのデジタル化だけを意味するものではありません。企業や産業や社会のあり方、人々のつながり方を大きく変えていく概念です。その本質を見据えながらDXを創造的に進めていくにはどうすればいいのか──。先日開催された「生活者インターフェース市場フォーラム2021 DXの先を目指して―データ×テクノロジー×クリエイティビティが切り拓くブランドの可能性」から、東京大学未来ビジョン研究センター客員教授の西山圭太氏と、慶応義塾大学医学部医療政策・管理学教室教授の宮田裕章氏をお招きしたセッションの模様をお届けします。

西山 圭太 氏
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー

宮田 裕章 氏
慶応義塾大学 医学部教授

嶋 浩一郎
株式会社博報堂
執行役員
マーケットデザイントランスフォーメーションユニット長補佐 兼 エグゼクティブクリエイティブディレクター

DXの本質とは何か


DXは単に効率化や最適化を目指すものではなく、新しい価値、新しい産業、新しい生活を生み出すための取り組みであると考えられます。まず、DXの本質についてお二人の考えを伺っていきたいと思います。

西山
トランスフォーメーションとは、「決定的な変化」を意味します。いろいろな物事が大きく変わっていくこと。それがDXの本質であると私は考えています。大きな変化の中でクリエイティビティを生み出すには、想像力が求められます。今はないものを想像する方法の一つが「抽象化」です。現在の社会や自分が属する会社を因数分解してみて、それがどのような構成要素でできているかを考える。そして、その要素を別のものと置き換えてみる。それが抽象化です。そのような作業によって、どのような未来に向かって進んでいけばいいかが想像できるようになります。

もう一点重要なのは、DXのドライバーであるデジタルテクノロジーには、「縦のものを横に切る」という特徴があるということです。一つの仕組みができると、それによって業種やジャンルに関係なくすべての領域を横断的に変えていくのがデジタルです。デジタルによる変化の中にいる私たちは、縦割りで見ていた目を「横の視線」に換える必要があります。


いわば、部分最適の視点を全体最適の視点に換えていくということですね。全体を見る目を養うにはどうすればいいのでしょうか。

西山
一つの方法は、異なるジャンルからヒントを得ることだと思います。自分が従事している仕事はなかなか客観視できないものです。異なる業種業界の構造や取り組みを学ぶことで、自分の会社や仕事を全体最適の視点で見られるようになるのではないでしょうか。

宮田
私は、DXの本質は「常に変わり続けこと」であると考えています。以前のDXとは、さまざまなものをデジタルに置き替えて効率化することでした。そこから、AIなどのテクノロジーを使って新しい価値を生み出すことがDXであるという方向にこの数年でシフトしています。今後の変化の方向性の一つは、デジタルを駆使してこれまで以上にいろいろなものをつなげていくことだと私は思います。社会や産業のセグメントごとに進んでいるDXが、領域を横断してつながっていくことで、世界やビジネスのあり方が変わっていく。そんな変化です。

例えば、テスラは自動車産業というセグメントの企業ではありません。電池というエネルギーによって産業のあり方を変化させ、持続可能な未来をつくることを目指す企業です。まさしく領域横断型のビジネスモデルと言っていいでしょう。同様に、アメリカや中国のテックジャイアントは、従来のビジネス領域を超えて新しいモデルをつくろうとしています。デジタルによっていろいろなものがつながる未来の中に自社をどう位置づけていくか。自分をどう位置づけていくか。そんなビジョンが、今後あらゆる企業や個人に求められることになると思います。

データの整備と共有から新しい価値が生まれる


DXを進めるためにビジネスパーソンに求められるマインドセットについても考えをお聞かせください。

西山
スペインの「エル・ブジ」という有名レストランは、世界中の食材と料理法をデータベースにしていたことで知られています。データベースをつくること自体は地道で単調な仕事ですが、それを整備することによって世界になかったような料理を生み出す。それがエル・ブジの考え方でした。

その考え方はデジタルの世界でも有効です。データベースづくりなどの単調な作業に取り組むことから、まったく新しい価値が生まれることがある。それがDXの面白さです。そのようなマインドがあれば、DXを創造的に進めることができます。また、そのような地道な方法は多くの日本人が得意とするところでもあると思います。


エル・ブジが提供していた圧倒的な食体験は、バッグヤードで蓄積されたナレッジの結果だったということですね。ナレッジの蓄積がクリエイティビティにつながるというのは重要な視点だと思います。

西山
ナレッジがあれば、そこから「反実仮想」を生み出すことが可能になります。「この食材はこれまでは四角い形で提供されていた」というナレッジから「では、丸い形で提供してみたらどうだろう」というアイデアが生まれる。それが反実仮想です。それがまさしくクリエイティビティということなのだと思います。


データベースを上手に使うことによって、創造力を発揮できる領域が広がるわけですね。

宮田
今の話に一つつけ加えさせていただくと、エル・ブジはそのデータベースを公開しています。つまり、ナレッジを広くシェアしたわけです。それによって近隣の店の料理のレベルが大きく向上し、その地域全体が「食の街」として認知されるようになりました。データの共有が新しい地域文化を生み出したわけです。データを上手に活用すれば、さまざまなプレーヤーとともにイノベーションを起こすことができる。これもDXにおける大切な視点だと思います。


宮田先生は以前から「データは共有財である」とおっしゃっています。

宮田
新しいものを創り出す場合、以前は突出してセンスのいい人がいて、その人の世界観を具現化することから新しい価値が生まれると考えられていました。しかし最近は、生活者や地域などとのつながりからフィードバックを得ながらプロダクトやサービスの価値を高めていくという考え方が浸透してきています。データだけでなく、プロダクトやサービスもまた一種の共有財になりつつあるのだと思います。


多様なフィードバックによってクリエイションがどんどん上書きされていくということなのでしょうね。私は最近、博報堂のクリエイターたちに「これからの時代は、カリフォルニアロールを認められる人にならなければならない」という話をしました。日本の寿司職人がアメリカ人に寿司の握り方を教えたら、アボガドとサーモンで寿司をつくる人が出てきて、それがカリフォルニアロールと呼ばれるようになったわけですが、古い職人的発想からすればそんなものは寿司ではないということになります。しかし、新しいものを生み出すにはそのような大胆な発想が必要です。文化が再解釈されて上書きされることで生まれるものを積極的に受け入れていく。クリエイティブなDXを進めていくには、そのようなマインドが求められるのだと思います。

デジタルのつながりが生み出す新しい多様性


これからDXを進めていくに当たっての課題をどうお考えですか。

西山
デジタルの領域は、これまではほぼサイバー空間に限られていました。今後は、物理空間とサイバー空間が融合していくことになります。例えば、自動車の自動走行やロボティクスは、サイバー空間との連動なしでは実現しません。

物理空間とサイバー空間が融合した世界では、モノづくりや社会のあり方が大きく変わっていくことになります。例えば、自動走行の過程で起こった事故をどう考えるかという問題があります。身体の安全や生命に関わる問題が出てくれば、社会のガバナンスも変わっていくことになるでしょう。つまり、これからのDXは「次の社会をどうイメージするか」という問いと切り離すことができないということです。

私は、DXが進んでいくこれからの社会では、これまでとは違った多様性が求められることになると考えています。従来の多様性は、それぞれの人の個別性を尊重するという意味での多様性でした。これからのデジタル社会では、先ほど申し上げたような全体的な視点で異なる文化、異なる産業、異なる生活を知り、世の中が多様な枠組みで成立していることを一人ひとりが理解するという意味での多様性が重要になるのだと思います。新しい多様性が実現する社会をどうイメージできるか。それがこれからのDXの一つの課題になると私は考えています。

宮田
おっしゃるとおりだと思います。これまでの生活者は、与えられるものを享受する立場でした。しかしあらゆるものがつながるデジタル社会では、例えば「食べる」という行為一つにも多様な意味が生じることになります。食文化を体験するという意味、フードロスという社会問題に関わる意味、地産地消というローカルビジネスに関わる意味──。その多様な意味を捉えることによって、これまでの消費行為は創造行為になる。そう考えることも可能だと思います。

世界全体が現在のアメリカ人のような食生活を送ろうとすると、地球が8個必要になると言われています。しかし、世界中の人が食生活に和食を取り入れれば地球は一つで済むかもしれません。そのような世界をデジタルのつながりの中でどう想像し、どう実現していくか。それが今後の課題であり、これからのビジネスの可能性もまさにそこにあると思います。


今ないものを想像することが、DXから新しい価値を生み出すには必要である。また、データベースやデジタルによるつながりを活用することによって、クリエイションのあり方も変わっていく──。そんな貴重な学びを得ることができたセッションでした。今日はありがとうございました。

西山 圭太 氏
東京大学未来ビジョン研究センター 客員教授
株式会社経営共創基盤 シニア・エグゼクティブ・フェロー

宮田 裕章 氏
慶応義塾大学 医学部教授

嶋 浩一郎
株式会社博報堂
執行役員
マーケットデザイントランスフォーメーションユニット長補佐 兼 エグゼクティブクリエイティブディレクター

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