岡本
僕らワンダートランクには旅行会社チームがいて、基本的にはインバウンド富裕層を対象に、お客様の要望に応えながらテイラーメイドで旅を組み上げていくというスタイルで旅行事業を行っています。ただこのやり方だと、東京・京都以外の地方・地域に送客できるお客さんの数はどうしても限定されることになる。その点、どこかのプラットフォームと組むなどして旅の選択肢を一気に並べてユーザーが選べるようにしておけば、継続的に地域に送客できるようになる気はします。ただ一方で、それを実現するためには相当な補充も必要で、いまのところあまり現実的には考えられません。伏谷さんのお話のように、体験や地域を選べるSpotifyのようなサービスがあるのが本来望ましいとは思うのですが。
伏谷
そこはいろんなプレイヤーとアイデアを出し合うべきですよね。
よく使うたとえ話で恐縮ですが、たとえば、とある田舎町でおばあちゃんが毎朝必ず路地をほうきではいていたのですが、ある朝、路地のお地蔵さんの前に30人くらいの人だかりができていたと。おばあちゃんが不思議に思って理由を聞くと、ある人たちは郷土史研究をしていた地元の大学生で、そのお地蔵さんが元禄時代に大事な役割を果たしていたと知り、調べに来たという。ある人たちは、膝の病気にご利益があると聞いてお参りに来たと。またある人たちは、有名なポケストップなので来たと答えたという話です。つまり同じ場所でも、100人が100通りの目的で集まってくるということが現実に起きている時代なんです。それを自治体の観光課の人はまだあまり認識できていないんじゃないかと思いますね。とはいえ、こうした100通りの目的をすべてカウントし始めると、とてもこれまでの観光インフラではカバーできません。観光案内所でも「こういう場所があると聞いたが、どこか」と聞かれてもすべてには答えられないでしょう。それを可能にするのが、デジタルによる情報の管理です。膨大な街の情報をデータベース化し、人力で難しいところはAIを活用し、エージェント機能をもたせて、ユーザーが目的の場所を問題なく見つけられるような仕掛けをつくっていく。そうした取り組みが必要なのではないかと思います。
先日あるところで、「いまは自分がどのSNSを見たかとか検索したかといった行動データを解析すると、自分の知らない自分の姿がわかる時代になった」という話がありました。僕はそれを聞いて、同じようなテクノロジーを観光に活かせればきっと面白いことができるだろうなと思った。たとえば人の幸福度が測れるアプリがあったとして、海が好きな人が、たまたま山に誘われて行ってみたら、海にいるときよりもはるかに幸福度が高いことがわかり、それから山に通うようになって幸せになりました、なんてストーリーが出てくる可能性もあるわけです。残念ながらいまの観光DXの話にはそういうワクワク感が感じられません。でもデジタルをうまく活用し、ユーザーに選択肢のある新しい観光の世界をつくっていくべきだし、もうまもなくそこへ到達できそうな気はしています。
岡本
そうですよね。そんなユーザーに選択権がある世界で、シティガイドである「タイムアウト東京」はどういう役割を担っていくでしょうか。
伏谷
「タイムアウト」は1968年のロンドンでの創刊時から「Know more. Do more.」(「もっと知って、もっと行動しよう」)が基本コンセプトで、2009年から始まった「タイムアウト東京」でももちろん同じ姿勢で情報提供しています。ルーツをたどると学生運動から生まれたメディアということもあり、民主的な発想を大事にしていて、そういう意味でマスっぽさのないメディアなんですよね。エディターによって評価もまちまちで、「自分はこう思ったけど、あなたも実際に行ってみて自分で評価してみては」というスタンス。役割としては、クラスに1人いるような、特定のジャンルにものすごく詳しい人のようなイメージです。
岡本
以前あるインタビューで、伏谷さんは、コロナ後の旅行業は開かれていき、ライフスタイルとトラベルのメディアは融合していくだろうとお話されていて、本当にその通りだなと思いました。僕らの事業もマスツーリズムではないので、地域でも観光事業者以外の人と向き合うことが多く、ライフとトラベルが一体化していくというお話は肌感覚で理解できます。そして僕自身は、その動きは、ライフスタイルに旅がすでに存在している旅人によってドライブされていく流れと、地域の住民のライフスタイルが観光資源になっていくという流れによって推進され、やがて両者が合流してミックスしていくような予感がしています。その点「タイムアウト」は、単純な観光名所ではなく、編集者や地元の人が日常的に楽しんでいるスポットを知ることができるのが魅力的だし、特に都市の旅におけるライフとトラベルの一体化が非常にイメージしやすい。ただこれが地域、地方への旅ということになると、地域の人が楽しんでいるスポットが非常にクローズドだったり、都市と変わらない商業施設だったりして、急にハードルが上がるような気がするんです。「タイムアウト」と同じスタンスで地方を紹介することは、難しかったりしませんか。
伏谷
「タイムアウト」として地方を捉えるならば、地元の人も気づいていないようなスポットを“メタ観光的”な視点で取り上げることになると思います。実はインバウンドが盛り上がるずいぶん前、福島県白河市のプロジェクトで、地元の人と一緒に観光マップをつくるワークショップを行ったんです。さまざまな世代の観光業関係者に集まってもらい「ほかの地域の人たちに伝えたい地域の魅力は何ですか」と問いかけるのですが、いわゆる観光スポット以外の話がなかなか出てこない。でもやがて、「東京から1時間半ほどで来られて、焚火ができる」「星空がきれい」など、観光パンフレットには載っていないような話がどんどん出てきたんです。また、並行して行っていた編集部による取材では、居酒屋で地元の人がみんな謎の赤いドリンクを飲んでいることに気づいた。不思議に思って聞いてみると、焼酎の梅シロップ割だったそうです。また、ある人気ラーメン店は田圃の中にあるので、いつもあぜ道にずらーっと長い行列ができるそうなんです。そうした、地元の人にしてみれば当たり前の風景でも、外から見ると十分面白いと思ったものは観光資源としてカウントし、紹介していきました。外部のフレッシュな目線で見ることで地域のさまざまな魅力が掘り起こせると思いますし、そういう切り口なら小さな街でもできるとは思います。
岡本
なるほど。そして選択権はあくまでもユーザー側にあるわけですから、それらの情報をいわゆるマスメディア的な上から視点で押し売りするのではなく、ただ並べておき、興味がある人に来てもらうというというスタンスも大切なわけですよね。地域のアイデンティティも多様性も保たれる、非常にいいやり方ですよね。
伏谷
僕はそれを観光の民主化というキーワードで捉えています。
岡本
観光の民主化ですか。いい言葉です。
伏谷
1970年代の「ディスカバー・ジャパン」という観光キャンペーンはよくできていて、いまでも非常に参考になることが多いです。観光先での体験が自分の日常をちょっと変えるというような、いわゆるトランスフォーマティブな旅を想起させるクリエイティブになっていて、さまざまな文化人が旅について語るコピーなんかは非常に個性が出ていて面白い。人にとっては通勤途中の道だって、出張先のできごとだって旅になりうるわけで、特にいまみたいなソーシャル時代には、旅にレッテル張りせず、自分の考えを自由に出していった方が興味を持ってもらえるだろうし、それで共感を得られたときの効果は大きいと思います。
歴史を振り返れば、江戸時代には地域の人が積み立てたお金で代表者がお伊勢参りをする伊勢講という文化があって、当時290万人なんていう人数が動いていたそうですし、昭和の初めにあった景勝地人気投票なんて何億枚という投票ハガキが集まっている。おそらく日本人はもともと好奇心旺盛で、旅に特別な思い入れがあったのでしょう。それは現代の旅を考えるうえでもヒントになりそうです。
岡本
「ディスカバー・ジャパン」はすごいキャンペーンですよね!日本の熊野詣やお伊勢参りだったり、 イギリスや欧州のグランド・ツアーだったり、僕もコロナ禍で「旅の本質」みたいなものをあらためて調べる中で、本当に過去の旅やキャンペーンにはヒントになりそうなものがたくさんあると思います。
少し、話は変わるのですが、もう一つ伺いたかったのは、伏谷さんはメディアやエンタメの領域を足場としながらも、行政や政策の動向をふまえてさまざまなアクションをされています。政策となると、さまざまな事情に左右されて思い通りにいかないことも多いのではないかなと思うんですが、ご自身がやりたいこととのすり合わせをどのようにされていますか。
伏谷
基本的には、行政がつくった仕組みを民間が回すのではなく、あくまでも民間主導でつくることが優先されるべきだと思っています。そのうえで、「いま現場ではこういうことが起きているんですよ」と伝えることによって、政策が一方的にならないようになれば、と思います。目下の劇的な変化についてそのまま話しても、正直なところ国も自治体もちんぷんかんぷんだと思う。ただ、なかには1人2人共感してくれる人が出てくるかもしれない。そういう人たちとうまくネットワークしながら、新しい観光や地域の姿をつくっていけたらいいなと思うんです。
岡本
この連載で皆さんにお聞きしているんですが、2030年に伏谷さんがしたい旅、あるいは大切な人や読者の方に提案したいのはどんな旅ですか。
伏谷
ここまで旅に関するさまざまな変化について話をしてきて恐縮ですが、やっぱり、“時代を経ても変わらないすごい体験”というのはあると思うんです。たとえば南極でオーロラを見るといった地球規模の体験は、深刻な環境問題が続く以上、価値が高まりこそすれ下がることは絶対にないはずです。1000年2000年すごいと言われてきたものって、それだけのエネルギーがあるはず。個人的には、いままでしてこなかったそういう旅をちゃんと体験したうえで、旅や観光を考えるのが筋かなとも思っています。
先日、数十年ぶりに京都の三十三間堂に行ったんですが、1001体の仏像と向き合ったときに「なんでこんな狂気じみたものをつくったんだろう」とにわかに衝撃を受け、心動かされました。また一方で、コロナで閑散とした瀬戸内の豊島美術館に行った際も、がらんとした洞窟のような空間のなかにたたずみ、ふと思索にふけるという特別な時間を過ごせた。僕の中ではどちらも、感覚的にまったく同等の体験でした。地球規模の名所もそうですが、古い新しいに関係なく、時間を超えたパワーを持つ場所が世界には確かにあります。どんな観光名所にもそういった感覚を引き起こす何かがあるということを、どうしたらうまく伝えられるだろうかと考えさせられました。宿題をもらったような旅でしたね。
岡本
そうでしたか。確かに、欧米ではすでに移動による環境負荷が非常に問題視されていて、大量のCO2を排出する遠方への海外旅行はしにくい時代になってきています。先日社内勉強会で、弊社の海外のメンバーが2030年の未来の旅について発表してくれたのですが、おそらく将来的には、年間に排出するCO2量が一人ひとり制限され、自分の排出量を調整しながら環境負荷を押さえた移動方法で旅をするようになるだろうと。ときには貯金のようにある程度許容排出量を貯めてから海外に行ったり、行った後はその負債を返すような生活をするようになるだろうという話でした。
伏谷
欧米の人たちにとって日本は、どこから目指すにしても大量にCO2を排出する場所。ますます遠い目的地になります。ポストコロナの旅はまさにそういう視点が外せなくなるでしょうね。一方で、環境保全のためとはいえ辛いミッションを個人に課すというのも負担が大きい。何か体験を楽しみながらもそういう課題をクリアできるような旅の仕組みを、知恵を出してつくらなければなりませんね。
岡本
確かにそうですね。
伏谷
いずれにしても観光はこれからもどんどん面白くなると思います。観光という言葉を定義し直し、既存の観光とは違う世界をつくれるのがポストコロナの観光ですから。それを特に若い世代に伝えていって、どんどんアクションしてくれる人がこの業界に入ってきてくれるといいなと思います。観光がカバーする領域は非常に広いですから、たとえばテック系の方々による、トラベルテックを活用した新しい観光業のスタートアップなんかが出てくると、非常に面白そうだなと思います。
岡本
観光の可能性が広がりそうですね。
今日はいろいろとお話しいただき、ありがとうございました!
島根県生まれ。関西外国語大学卒。大学在学中にタワーレコード株式会社に入社し、2005年 代表取締役社長に就任。 同年ナップスタージャパン株式会社を設立し、代表取締役を兼務。タワーレコード最高顧問を経て、2007年 ORIGINAL Inc.を設立し、代表取締役に就任。2009年にタイムアウト東京を開設し、代表に就任。観光庁、農水省、東京都などの専門委員を務める。
2005年株式会社博報堂入社。統合キャンペーンの企画・制作に従事。世界17カ国の市場で、観光庁・日本政府観光局(JNTO)のビジットジャパンキャンペーンを担当。沖縄観光映像「一人行」でTudou Film Festivalグランプリ受賞、ビジットジャパンキャンペーン韓国で大韓民国広告大賞受賞など。観光庁「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」専門家登録。国際観光学会会員。