株式会社Flow Solutions 代表取締役CEO
チャド・スチュワート氏
株式会社エクスペリエンスD 代表取締役
坂田 照雄
博報堂 ビジネス開発局
永田 奈々子
永田(博報堂)
博報堂は現在、エクスペリエンスD やFlow Solutionsなどと、OMO型店舗の開発を通じた新しい顧客体験づくりに取り組んでいるのですが、エクスペリエンスDとFlow Solutionsはどのようなことがきっかけで協業されるようになったのですか。
坂田(エクスペリエンスD)
エクスペリエンスDではリアル店舗開発をサポートするのみならず、店舗運営自体も受託することがありますが、よりよい顧客体験を提供するために、我々が運営する店舗のデータを活用した顧客体験の向上を実現したいと考えていました。そんな理想的なリテールテックを提供する会社をリサーチしていた中でヒットしたのがFlow Solutionsでした。チャドさんとお会いしてソリューションの提案もいただき、僕たちが運営する店舗で導入しました。その後、OMO型店舗のPoC(Proof of Concept:実証実験)をあるクライアントへ提案する際にチャドさんに相談し現在プロジェクトを進めているところです。
チャド(Flow Solutions)
私たちは小売業界の企業と直接やりとりすることが多く、広告会社やコンサルティング会社などと組んで提案することは新しいチャレンジでした。ECとリアル店舗のデータ統合は、技術的には私たちにもできます。でも、エクスペリエンスDのように、店舗戦略の立案から実際の運営まで行っているところとパートナーシップを組めれば、より実践的な提案につながり、さらなる価値を提供できると思いました。
小売のクライアントの中には、ECと店舗がうまく連携できていないと悩んでいる会社もたくさんあります。技術を導入・活用しながら、ECと店舗の分断をどう解消し連携を深めていくか、エクスペリエンスDと組むことでぐっと前進すると思いましたね。
永田
ECとリアル店舗の分断は、小売業界の大きな課題なのでしょうか。
チャド
そうですね。組織が大きくなるほど、EC部門はECの売上を上げる、店舗部門は店舗の売上を上げる、と業務分担や役割分担が明確になる傾向があって、会社全体の活動のためにデータを効果的・効率的に活用できているケースはまだ少ないと思います。
坂田
コロナ禍になり、ECを活用する人が一気に増えました。でも、再びフィジカル(身体的)な購買体験ができるリアル店舗にお客さまが戻ってきています。その中でまさに今、ECのデータと実店舗のデータをどう統合していくかという課題に多くの企業が直面しています。EC部門と店舗部門の分断は以前からの課題でしたが、コロナ禍を機に、CX(顧客体験)を高めるために統合しよう、という動きが加速しています。
永田
そのような中、OMO型店舗への注目が高まっていますよね。ECと店舗の垣根をなくし、データを活用しながらシームレスに連携して顧客体験をよりよくしていくことがOMO型店舗の最大のメリットですね。
チャド
そうです。いち生活者としては、欲しいものが買えるなら、店舗でもオンラインでもどちらでもいいと思っているんです。店舗でいい体験ができるとしたら店舗に行って買うけれど、そうじゃなければECで買う、という人は多いでしょう。店舗とECの連携がシームレスであることは、これから小売業界が発展していくために非常に重要だと思っています。
坂田
チャドさんのおっしゃる通りで、生活者は「今日はECで買い物しよう」「今日はお店で買おう」と意識して行動していませんよね。たまたまSNSを見たモノを、「これいいな」とそのままECで買うこともあれば、「家具だからリアル店舗で実物を見てみたいな」「化粧品だから自分に最適なものを店舗スタッフに聞いてみたいな」と思うこともある。生活者は両者の垣根を意識せずに生活しているのに、ECとリアル店舗を別々に作ってしまえば、最適なサービスは提供できません。生活者はECでの購入が当たり前になっている、という前提に立った上で、リアル店舗はどうあるべきかを考えなければいけないんです。
リアル店舗でしか体験できないことは必ずある、それをどのように店舗設計や提供するサービスに活かしていくかが、OMO型店舗を実現する上で意識すべき大事な視点だと思います。
永田
OMO型店舗において、ECとリアル店舗それぞれが果たすべき役割とはどんなことでしょうか。
坂田
2021年5月に博報堂が行った生活者調査では、「今後は何でもオンラインで購入するようになると思う」と答えた人は69.6%に、「オンライン購入は、今後はより便利になっていくと思う」は85.1%にのぼりました。一方で、「店舗で体験することで、ブランドの想いや思想は伝わると思う」と回答した人は75.8%に、「店舗は、今後はより楽しい場所になっていくと思う」は66.7%にのぼり、生活者がオンライン・リアル店舗それぞれに求めるものにはっきりとした違いが出ました。
コロナ禍により、ECの便利さを多くの人が認識するようになりましたが、一方で物足りなさは拭えていません。リアル店舗で手にとって確かめたい、店舗スタッフに相談しながら決めたい、というニーズは今後もなくならないでしょう。ECはファンクショナル(機能的)なニーズを満たし、リアル店舗はよりエモーショナル(情緒的)なニーズを満たす場になっていくという生活者の視点に立った場づくりが重要で、OMO型店舗を考える上で大事なポイントは、その両軸を考え最終的にどのチャネルで購買したいかはお客さんに委ねるということです。
チャド
店舗は商品との偶然の出会い、セレンディピティを生むことが大きな強みの一つですが、ECならではの属性や購買行動といったパーソナルデータを店舗でも活用していくことで、お客さまの好みやニーズにあった商品を提案でき、より幸せなセレンディピティを生み出すことができるようになります。データを統合し、ECと店舗がそれぞれの役割を果たしつつ連携していくことが、お互いの強みを伸ばしていくことにもなると考えています。
永田
なるほど。ECと店舗それぞれの役割や強みを理解し、それを活かして設計していくことが、お客さまの体験価値の向上にもつながっていくのですね。
それではOMO型店舗におけるデータ活用という視点において、小売側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
坂田
最大のポイントは、あらゆるロスがなくなることです。
これまで需要予測や接客は、販売側の勘や経験に基づいて行われていました。しかし、お客さまのニーズをデータ化して活用できれば、「お客様が求める商品の在庫がない」「接客を受けたいお客さまに接客をしなかった」といったさまざまな機会ロスがなくなります。販売スタッフの接客の質が向上することで、お客さまの満足度も向上していきます。
チャド
リアル店舗において、これまで勘と経験で動いていたときには、販売スタッフは自分の対応が正解だったのかを検証する手段がありませんでした。しかし、例えば、レイアウト変更や什器の入れ替えによってどれくらい売上が変わったのかなどもデータで可視化されれば、効果のあった施策だけを行えばいいので効率的です。
そのために大事なのは、実際に働いている販売スタッフの皆さんにデータをきちんと使っていただけるようにすること、そして「データに基づいて接客したら喜ばれた」「売上が上がった」という成功体験を提供し、自信を持って動いていただくようにすることです。
坂田
データドリブンになると、販売スタッフの経験価値がなくなるのでは……と懸念される方もいらっしゃるのですが、そんなことはありません。データはあくまで補完するものですので、販売スタッフの皆さんに「データを活用することであなた自身の価値も高まりますよ」ときちんと伝え、接客自体の価値が高まるということも理解いただくようにしていくことも大切ですね。
永田
2021年11月からある商業施設でOMOの実証実験を開始されたのですよね。ここではどんな実験を行い、どんな体験価値が提供されているのか教えてください。
坂田
サステナビリティをテーマに、地域とのつながりを大事にされてきた商業施設で、コロナ禍で生活者の行動が変化する中、10年後にその商業施設はどんな価値を提供できるのかといった議論を重ねてきました。その価値を創造していくための実証実験を行っています。
実証実験では、ECとリアル店舗でお客さまの行動データを取得して統合的に分析する仕組みを Flow Solutionsの協力のもと導入しました。商業施設にいらしたお客さまが会員アプリでチェックインすることで、アプリの顧客IDと施設内のカメラで取得した来店者行動データを紐づけて分析することができ、どんな商品に興味を持ったのか、その後ECで購入したのか、といったこともトラッキングすることができます。
ECかリアル店舗かにかかわらず、ブランド価値を高める購買体験の仕組みがお客さまにどう支持されるのか、実証実験で明らかにしたいと思っています。
チャド
大事なのは、ECと店舗それぞれがブランド価値の向上にどう貢献し、どう効果を与え合っているのかを可視化し、それを具体的な取り組みに活かしていくことです。そしてECと店舗をつなぐことができれば、組織においてもECと店舗の分断がなくなり、会社全体の活動としてデータをどう効果的に活用していくべきか考えられるようになっていくはずと期待しています。
永田
OMO型店舗は、メーカーの自社ブランド店舗で導入するケースと、複数テナントを束ねる商業施設で導入するケースとがあると思います。今回の実証実験は、マルチブランドを束ねる後者のケースかと思いますが、両者はどのような違いがあるのでしょう。
坂田
シングルブランドで導入する場合は、ブランドのLTV(生涯顧客価値)を上げるための視点が大事になります。一方、マルチブランドの施設は商業施設自体がプラットフォームとなり、各ブランドは自社だけではとれないデータを収集することが大事になると思います。今後は、それらのデータ活用が出店するテナントへの付加価値にもつながっていくと考えています。
永田
OMO型店舗によって、生活者にとっても、商業施設や小売企業にとっても、新たな価値が生まれる可能性があるのですね。今後が楽しみです。
最後に、Flow Solutions、エクスペリエンスDそれぞれの今後の展望を教えてください。
チャド
私たちのミッションは、「小売店舗のさまざまなデータを収集・統合し、データドリブンな経営をお手伝いすること」。そのミッションを果たすため、データ連携など技術面の支援を丁寧に進めながら、販売現場の皆さんにとって役立つ情報を提供していくことを何よりも大切にしていきたいと思っています。
坂田
僕たちエクスペリエンスDのビジョンは、「人を中心にした、生活者の感情に訴えかける熱量のある感動体験をつくっていくこと」です。
OMO型店舗というと、ECでやっていることをそのままリアル店舗に導入すると理解されている方も多いのですが、僕たちは、テクノロジーを活用しながら、実店舗からリアルな体験を拡張させるようなサービスやソリューションを提供していきたい。体験を最大化することでブランドに対する好意度を高め、クライアントのビジネスの成長に貢献していきたいと思います。
今後も、Flow Solutionsのようにリアル体験の可能性を拡張することに共感してくれるパートナーとどんどん新しいことをやっていきたいですし、リアル店舗とECをつなげながら、僕たちにしか提供できないワクワクを作っていきたいですね。
永田
皆さんのお話を聞いて、OMO型店舗の体験価値づくりには、我々のフィロソフィーである「生活者発想」そのものが何より重要なんだということをあらためて感じました。生活者にベストな体験を提供できるよう、私自身もFlow SolutionsやエクスペリエンスDの知見、そして博報堂のマーケティングやクリエイティブといった幅広いリソースを掛け合わせて、シナジーを作り出していきたいと思います。
カナダ出身。自身の小売経験をベースにした、ソリューション構築による小売業への貢献を決意。来日後、商業施設のデジタル・サイネージ・ネットワークを立ち上げ、掲載コンテンツのトリガーや分析で経験を積む。
その経験をふまえ、小売業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)とデータ・ドリブンへのシフトをリードするため、2016年にFLOWを設立。店内分析技術とAIを組み合わせた独自のプラットフォームを開発し、小売業を中心に数々の導入実績を挙げている。
小売DXへの提言やマーケットへの注意喚起、さらなるビジネス・モデルの提唱などを数多く生み出す起業家であり、流暢な日本語と共に高いコミュニケーション能力で日々精力的に活動している。
2007年博報堂入社。エクスペリエンスデザイン部(当時)に所属。事業戦略・マーケティング・ブランド戦略を軸とした店舗・ブランド体験開発の専門家としてさまざまな業種の業務支援を手掛け、戦略・企画・デザイン・運営までのプロセスをオフライン・オンラインの統合型体験設計で支援する。
博報堂入社前はアメリカ大手ブランドコンサルティング・ファーム(ニューヨーク本社)にてグローバル規模のブランド店舗開発を経験し、グローバルブランディングにも精通。2020年より博報堂グループ唯一の店舗開発・運営構築一体型専門組織として「Human Experience Innovation Company」を掲げるエクスペリエンスDに参画。
2012年に株式会社博報堂入社。営業にて、航空、化粧品など複数クライアントを担当した後に、自社の業務フロー変革業務に従事し、その後に現職。
現在はビジネス開発局にて、博報堂グループのビジネス領域拡張に従事。