江藤 圭太郎
博報堂 Paasons Advisory 部長 チーフマーケティングプラニングディレクター
井手 宏臣
博報堂 第2BXマーケティング局 部長 チーフマーケティングプラニングディレクター
豊田 昂
博報堂 第2BXマーケティング局 マーケティングプラナー
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聞き手:福原 大介(博報堂 ブランド・イノベーションデザイン局)
──皆さんはストラテジックプランニング、マーケティングの領域から、クライアント企業の新規事業開発を支援されています。簡単に自己紹介をお願いできますか。
江藤
私は入社以来ストラテジックプラニング職として業務にあたってきましたが、2018年に「Paasons Advisory」という戦略業務に特化した専門組織を立ち上げ、“クライアントと対話を重ねながら戦略をつくっていく”という新しいプロセスにチャレンジしているところです。
井手
私はビジネスプロデュース職として経験を積んだあと、マーケティング領域に軸足を移して今に至ります。主に営業支援やビジネスプロセスの革新をテーマに、AIを活用したマーケティングプロセスの導入や、そこにフィットするための組織・プロセス改革などを支援しています。
豊田
私は入社2年目からPaasons Advisoryに所属し、江藤さんのもとでさまざまな業務に携わりました。そして昨年、井手さんの部に異動したんです。今日はお二人の仕事のやり方をよく知っているという立場で参加しています。
──皆さんは、ここ最近の新規事業開発のプロセスの変化をどのように見ていますか?
江藤
私が特に感じているのは、初期段階、アイデア開発のプロセスの変化ですね。新しい事業を立ち上げるにあたって、それがプロダクトのビジネスなのかサービスのビジネスなのか、最終的な形を決めずに始めるケースが増えています。このビジネスの目的は何か、なぜそのビジネスをやるのかという「WHY」をまずは明確にし、その手段として作るべきものを、色々な選択肢をごちゃまぜにして考えていく。そのような新しい考え方にシフトしてきています。
──一般に、企業には事業別の組織があります。作るものが変われば、担当する組織も変わりますよね。その組織の壁を超えて事業開発を行う企業が増えてきているということでしょうか?
江藤
生活者のニーズが多様化し、モノをつくったからといってそのまま売れるわけではない時代になっています。その中で企業が新たな事業を成功に導くためには、従来の事業分野を超えたさまざまな要素を組み合わせて、最適解を見出していく必要があります。そのためには、社内の組織も手段もニュートラルな状態にしておかないといけません。できるだけ部門や組織を超えてディスカッションできる体制をつくるのが望ましいですし、実際にそういう体制を組む企業が増えてきていますね。
井手
この変化には、生活者のブランド選択基準や買い方の変化も大きく影響しています。以前であれば、お店で価格やパッケージを見て直感的に買うケースが多かった。しかし最近では「この商品はこんな素材で出来ていて、こんなプロセスで調達されている」といった、生産者・加工者・販売者やその社会的背景とも直接つながり、そこまで考えた上で買うという購買スタイルが広がり始めています。ブランドが生み出されるプロセス全体が評価の対象になっていて、その思想が自分に合っているかどうかも見える化されつつある。企業はそんな生活者の変化に寄り添いながら、製造や流通の新たな仕組みを作らなければならなくなっているわけです。
そうは言っても、今ある自社の経営資源だけで新しいビジネスモデルを実現することは、手段がニュートラルになればなるほど難しい。そこに多くの企業のお悩みがあると感じます。
──事業開発プロセスの変化は、生活者の変化と密接に関わっているのですね。
豊田
生活者のライフスタイルや意識がどんどん変わっていく中で、生活者の声や行動を常に捉えていくことは事業開発プロセスにおいても重要です。まさに僕たちの得意分野と言えますが、生活者の声を集める新しい方法の提案や、そこからの兆しの発見を今まで以上にクライアントから期待されていると感じますね。
井手
少し見方を変えると、生活者に本当に寄り添ったプロダクトやサービスをデザインできる、やりがいのある時代になってきたとも言えます。従来は会社や組織の壁も厚く色々な制約やしがらみもあったけれど、今は外部のパートナーとも組みやすくなって、既存のフレームを一回外して経営資源を持ち寄り、自由に考えやすくなった。だからこそ、この事業で自分たちは何をしたいのかという「意思」が、あらためて強く問われるようになっていると思います。
──「意思」という言葉が出ましたが、冒頭で江藤さんも「まずWHYを明確にする」とおっしゃいました。意思やWHY、このあたりが事業開発のポイントになってきているということでしょうか。
江藤
その通りです。事業開発のプロジェクトをニュートラルに、臨機応変に進めていくためには、まずWHYや意義を明確に決め、それを最後までぶらさないことがとても大切です。しかしプロジェクトが進んでいくと、やりたいことが増えたり、新しいメンバーが加わったりして、WHYがぼやけていくケースがよくあります。だから僕たちが関わらせていただくときは、いわば「WHYのガーディアン」になることを強く意識します。
井手
プロジェクトが「帰るべきところ」をはっきりさせて、それをマネジメントするということですよね。
江藤
そうです。たとえば、WHYとその背景にある考え方を言語化してスライドにし、証拠としてクラウドにあげておいて、プロジェクトに関わるすべてのメンバーがいつでも見られるようにしておく。折々にそれを参照しながら進行状況を確認したり、判断が目的にかなっているかをフォローしたり。そんな方法で、方向性がぶれていくことを防いでいます。
豊田
WHYを明確に言語化することには、アイデアが出てきやすくなる効果もあるんです。「何をやるか」とか「こんなビジネスをつくりたい」というはっきりした一つの枠があると、かえってその枠を超えた自由な発想ができるんですよね。シンプルで力強い言葉で表現されたWHYを共有できていれば、いろいろな人たちが発想に参加できるようになる。組織を超えたチームを動かす上でも、大切な観点だと思います。
井手
「WHYの共有」は、外部のプレーヤーとコラボレーションして新規事業開発を行う場合にも、とても大事です。新規事業のコラボレーションには、「なぜ一緒にやるのか」という意義が求められます。意義を共有できなければ、絶対にうまくいきません。
──初めて協業する外部のプレーヤーとは、どのように意義を共有すればよいのでしょうか?
井手
自分たちがどんな「手札」を持っているかを相手に見せる。それが必要だと思います。従来のビジネスでは持ち札、つまり情報を隠して組織的な間合いを図っていたことが多いのではないでしょうか。しかしDX時代の複雑化する新規事業を成功させるには、契約に基づき速やかにお互いの手札をオープンにして双方を理解し、そこからはお互いのパワーを理解し、使いあう、生かしあうアクションを引き出していくことが大事です。
ともに新しい価値を生み出せる可能性を議論し、気持ちを高ぶらせながら前進していく。そんな仲間の輪に入ってくれる人をどんどん増やしていく――。外部とのコラボレーションには、そうした態度や考え方が不可欠です。
豊田
クライアントの事業開発プロジェクトに関わらせていただくと、「外部とつながる」ことへのニーズはとても強いと感じます。異なるプレーヤーやリソースを最適な形でつないで価値を生み出すのは博報堂の強みですから、ぜひ積極的に貢献していきたいところのひとつです。相手に心を開いて、カードを見せ合える関係性をどう構築していくか。これは僕らにも問われていることだと感じました。
──「組織構造はなかなか変えられないし、何とか既存のやり方で新規事業をつくれないか」と考える企業もあると思います。その場合はどうやってプロセスを変えていくといいでしょうか?
井手
たとえば既存の業務のビジネスプロセス全体をチャート化してみるのはいかがでしょうか。属人的なプロセスが可視化されると、本当に必要なプロセスはどれか、時間を浪費しているプロセスについて議論しやすくなります。感覚や経験だけでは同じ目線で構造の議論をすることは難しいので、まずは議論の土台づくりから始めるべきだと思います。みんなが幸せに仕事をするために、稟議のタイミング、関与する範囲、プロセスの順番、個別オペレーションなどがどうあれば一番善いのかを考えてみる。
江藤
ビジネスプロセスを可視化して関係者で見直していくと、おのずと組織変革・組織強化の必要性が見えてくるんですよね。
井手
新しいビジネスプロセスが見つかると、既存のビジネスのプロセスも変わるという効果もあって。新規事業を、自社の変化に向けた実験場として捉える企業の相談も増えています。新規事業で一つ成果が出来ると、関わったメンバーが「こういうやり方もあるんだ」と気付き、知見を持ち帰って色々とやり始めるんですよ。BtoBの会社だけど、BtoCで売ってみようとか。そういう意味でも、新規事業開発にチャレンジする意義は大きいと思っています。
──考え方やプロセスが変わることによって、ビジネスの成果はどう変化するのでしょうか?
江藤
ケースバイケースではありますが、OKR(目標と主要な成果)の設定が「どれだけ売れたか」ではなく、「どれだけ人を動かすことができたか」に変わるケースが多いと思います。獲得したユーザー数や、マーケットにおけるマインドシェアがビジネスの主要な目標になるということです。
あらゆる業態がDX化して、従来の業界の垣根を越えて新たなビジネスに参入しようとしていますよね。そうなると、ブランドがどれだけの数のユーザーとコンタクトできるかが一層大事になります。すぐに売上につながらなくても、人を動かし、多くの生活者をブランドとつなげることができれば、そのあとでマネタイズの機会はさまざまにありえます。
井手
その考え方は、LTV(生涯顧客価値)にもつながりますね。生活者のライフサイクルの中で、必要とされるときに適切なタイミングで商品やサービスの使用価値を届け、生活を豊かにできたか。その達成回数を生活者にとってのコンバージョンと捉え、その回数の積み上げを真のLTVと考える。大切なのは、そのコンバージョンが実現した理由も把握することです。「なぜ買ってもらえたのか」を深く理解し、購買の背景にある生活者の人生や価値観に寄り添っていけるブランドが、結果的にLTVを伸ばしていけるはずです。
豊田
人間をどれだけ理解できるかが、これからのブランドの競争力になるということなのだと思います。そのためには、ブランドの側、企業の側も人間らしい部分を持って生活者と向き合うことが必要です。ブランドと生活者の距離感は、人と人との距離感のようなものになっていくのではないでしょうか。
井手
そう思います。人を知ることによって、人からの愛され方を編み出していくということかもしれませんね。
──企業が事業開発のプロセスの変革にチャレンジするとき、まずやってみるべきことは何でしょうか?
井手
新規事業開発を進めていくと、自分たちだけではすべてを実現できないことに気づくことがおそらくあると思います。そうしたときに「助けを求めたいプレーヤー」のリストをつくってみて、仲間を創る準備を進めておくことをぜひ推奨したいですね。リストをつくるためには、行動が必要です。いろいろな企業、いろいろな専門家に会いに行って対話をしていくと、自分たちが「やれる」と思えることが格段に増えていくはずです。
江藤
行動することは大切ですよね。標語をつくるだけじゃなく、行動を変えることによって、ビジネスプロセスが刷新される可能性は大いにあると思います。
ニュートラルな事業開発の進め方は、デジタルとの親和性が高いんです。たとえば、新規事業についてディスカッションする場をクラウド上に設けておいて、いつでも誰でもそこにアイデアをどんどん書いていけるようにしておく。それを見ながら議論した内容をアーカイブしておけば、いつでも振り返りができます。まずはそうした場を作ってみることから始めてみてはどうでしょうか。
豊田
社員が悩みや本音を言いあえるような機会をつくるのもいいかもしれません。僕も何度か、プロジェクトが始まったばかりの何も決まっていない時に、「まずは皆さんでフラットに悩みや思っていることを洗い出すことからスタートしましょう」と呼びかけてワークショップを実施したことがあります。メンバーがお互いを知ることにもつながるので、おすすめです。
──最後に、今後も企業の事業開発やブランドのトランスフォーメーションを支援していくに当たっての意気込みをお聞かせください。
豊田
自分たちは何でこのビジネスをやっているんだっけ──。そんな疑問にぶつかって、モチベーションが下がってしまうケースを、クライアントとのお付き合いの中で何度か見てきました。僕たちにできることは、「そのビジネスは世の中にこう役立っています」、あるいは「社会のここを変えるためにつくるんです」といった道標を提供することだと思います。いかに力強い道標をつくれるか。それがこれからの自分のチャレンジになると考えています。
江藤
クライアントのブランドやビジネスのトランスフォーメーションにおいて、とくに重要なのは「チームのトランスフォーメーション」だと僕は考えています。我々がパートナーとなって、プロジェクトのWHYを明確にすることで、チームの意志が統一され、行動が変わり、その結果としてビジネスプロセスが変わり、これまでになかったプロダクトやサービスが生まれていく──。そんな本当のBXを支援してきたいというのが一番の思いです。
井手
「幸せの好循環」をつくっていきたいと思っています。この商品を買うと幸せになれる。このサービスを使うと生活の楽しみが増える。そんな機会をいかにつくるかを企業が競い合うようになるのがトランスフォーム後の社会だと僕は考えています。
もっと生活者の幸福な体験をつくるために、これまでの事業開発のあり方やビジネスの仕組みを変えていく。そうしてお客さんが幸せになれば、その姿を見て企業で働いている人も幸せになり、それを見て経営者も幸せになる──。それが、僕がイメージする「幸せの好循環」です。そのサイクルの中心には、もちろん収益がある。そのようなモデルをつくり維持していくために、これからも尽力したいと思います。
2005年博報堂入社。入社以来、情報・通信、化粧品・トイレタリー、飲料・食品など、国内外の企業の戦略業務に従事。現在は主に世界的なIT企業の業務に携わり包括的に戦略をリード。2018年博報堂社内に戦略ブティック「Paasons Advisory」を立ち上げる。著書に「ポケッツ!(弘文堂)」「マーケティング基礎読本(日経BP社)」。「週刊エコノミスト(毎日新聞社)」特集記事寄稿 など。アジア初開催の「Advertsing Week Asia 2016」に登壇。「ad:tech Tokyo 2019」登壇。
営業局、プラニング局を経て、早稲田大学大学院商学研究科を修了(MBA)。住宅・自動車・流通・運輸・日用品などの各種業界の事業立案・実行支援を担当。特に機械学習等を活用したインサイト探索・商品開発プロセスの強化・オープンイノベーション支援に強み。ミライの事業室/ブランドイノベーションデザイン局を兼務し、サプライチェーン全体のデジタルトランスフォームについて研究・検証中。
博報堂入社以来、通信会社・製薬会社・外資系プラットフォーマーなど、国内外の様々なクライアントの戦略策定業務に従事。得意領域はブランディング。最近はスタートアップ企業を中心に、新規ブランド開発や事業開発など「未来の市場をつくる」業務に数多く参画。