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スマートリング一つで生活できる世界を目指して
EVERING x HAKUHODO Fintex Base
(連載:フィンテックが変える生活者体験 Vol.9)

2022.02.24
#テクノロジー#フィンテック
近年様々なフィンテックサービスが登場し、日常的に利用する人も増えています。フィンテックサービスに関する生活者の意識・行動の調査研究を行うプロジェクト「HAKUHODO Fintex Base(博報堂フィンテックスベース)」のメンバーが、フィンテックを支える多様な分野の専門家とともに、新しい技術によってもたらされる新たな金融体験や価値を考える記事を連載でお届けします。
第9回となる今回は、キャッシュレス決済機能を備えたスマートリング「EVERING」を提供するEVERING社 共同経営者 取締役 COO の津村直樹さんと、HAKUHODO Fintex Baseの三矢・水上が、スマートリングという新たな認証デバイスの販売にいたる背景や、EVERING社が目指す世界観、またキャッシュレス決済の浸透における課題などを語り合いました。

株式会社EVERING 共同経営者 取締役 COO
津村 直樹氏

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員
三矢 正浩

HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第一ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 ストラテジックプラナー
水上 裕貴

「全てのものにつながるリング」を

三矢
EVERING社は2020年2月に設立されて、昨年の10月からスマートリング「EVERING」の一般販売を開始されたのですよね。スマートリングに着目されてからどのようなプロセスを経て販売開始にいたったのでしょう。

津村
我々が提供しているスマートリングは、元はイギリスのMcLEAR(マクレア)という企業が作ったものです。そのマクレアを、我々の株主であるMTGが4年前に買収しました。
ただマクレアがグループに加わったとは言っても、同社が開発した商品を日本に輸入してそのまま販売することはできません。日本で決済事業を手掛けるためには、「前払式支払手段(第三者型)」の発行者登録や、プリペイド決済に対応したシステムの開発などが必要です。また、日本人に合わせてリングのサイズをチューニングしたりと、さまざまな準備を重ねて昨年販売開始にいたりました。

三矢
津村さんはどのような経緯でEVERINGに参画されたのですか。

津村
私自身は、長く外資系の消費財メーカーで販売戦略や流通戦略の構築などに従事していて、3年前から新会社設立に向けて準備を進め、現在の代表取締役CEOの川田やMTGとともにEVERING社を立ち上げました。社名と商品名でもある「EVERING」は、「全てのもの(everything)につながるリング」という意味を込めて名付けました。

水上
3年前の時点では、まだウェアラブルデバイスはそれほど注目されていなかったように思うのですが、なぜ当時スマートリングに着目されたのでしょう。

津村
当時、北欧で体内にマイクロチップを埋め込む新しい決済方法が登場して話題になり、中国でも顔認証決済が広がりつつありました。しかし「身体に埋め込むマイクロチップや、プライバシー侵害などの懸念がある顔認証は日本人の感覚には合わない。別の新たな決済方法が求められるはず」と考えて、スマートリングに着目しました。

指輪は、人間が最も古くから身に着けていた宝飾品の一つで、男女問わず着けやすいものだと思います。さらにEVERINGは充電の必要もなく、水につけても問題ないので、ずっとつけっぱなしにしていられます。ただ我々としてはリング型にこだわっているわけではありません。これだけ小さなデバイスを作ることができれば、大きくすることは難しくないので、今後ニーズがあれば他の形のデバイスを開発する可能性も十分あります。

三矢
最初に知った時、こんなに小さなデバイスで決済ができてしまうことに驚きました。どのような仕組みになっているのですか。

津村
厚さ2ミリほどのリング型デバイスの中に、チップとアンテナが入っていて、リーダー(読み取り機)が出す電波をリング側で受け取り、リング内のチップの情報を返します。プリペイド式なのでチャージが必要ですが、専用アプリに好きなクレジットカードを登録すれば、ワンタップでチャージでき、オートチャージの設定も可能です。万が一紛失した時にはアプリで利用停止したり、再開することもできます。先ほどもお話ししたとおり、バッテリーがないので、充電する必要がない点も大きな特徴です。

三矢
支払いの際は、リーダーにただかざすだけでいいのですね。

津村
そうです、指輪の円がリーダーに対して並行になるようにかざすだけです。リングのサイズは17種類用意していますので、好きな指につけていただけます。

ターゲットは、“当たり前”を疑う人

水上
現在のユーザーはどういった方が多いのでしょうか。

津村
メインユーザーは、20代後半から30代前半の男性です。その多くは、もともとスマホ決済を使っていて、「支払いの際にスマホを出すのが面倒」、「充電を常に気にしなくてはならないのが負担」と考え、さらなる利便性やスマートさを求めてEVERINGを選んでいただいている印象ですね。

水上
スマートリングでの決済は、実際に使うとその便利さを実感できると思うのですが、生活者がすでにニーズを感じているというタイプの商品ではありませんよね。特にどんな方に広めていきたいとお考えですか。

津村
現在のメインユーザーに加えて、合理性や効率性を重視し、当たり前に行われている習慣に疑問を持つような方に使っていただきたいですね。そのような方は、新しい試みにも意欲的なので興味を持っていただけるのではないかと思います。

三矢
「生活をどんどん変えていきたい」という方を想定されているのですね。

津村
そうです。オートチャージ設定をしておけばスマホすら持ち歩かずに決済ができますし、チャージの際にはクレジットカードのポイントも付与されますので経済合理性も担保しつつスマートな生活が送れます。

水上
我々HAKUHODO Fintex Baseは、ここ3年ほど定期的にキャッシュレス決済に関する調査を行っています。キャッシュレス決済をしている人にその理由をきくと、「お得」に関する内容が上位に挙がることは毎回変わらないのですが、その回答率は徐々に減ってきています。ですので、個人的には今後「お得」をキーワードに、キャッシュレス決済の利用者を増やしていくのは難しいだろうと考えています。今後キャッシュレス決済の利用人口を増やすためには、新しい体験が必要になるかと思うのですが、EVERING社ではどういった体験を作っていこうとお考えですか。

出典)HAKUHODO Fintex Base「キャッシュレス決済に関する調査」

津村
常に身につけていられる指輪一つで、決済ができて、家の鍵が閉められて、電車にも乗れて……と、生活の中のいろんなことができるようになればとても便利ですよね。そういった世界観を目指しています。たとえば、外出する際は必ず自宅の鍵を持ち歩きますよね。でもその鍵はドアの開け閉めをする時以外は使わないわけで、荷物になっているだけです。スマートリングでさまざまな認証が可能になれば、そういった「持っていなくてはいけないモノ」を最小限にして、無駄を極力省くことができると考えています。

三矢
たしかに、スマートリングですと荷物にならないですし、デバイスに保存される個人情報もほとんどなさそうなので失くした時の不安も少ないですね。

津村
そうなんです。リング自体に個人情報は一切入っておらず、万が一紛失してもチップの個体番号しかわからないためリスクはありません。また、我々がバックエンドで持っている情報はユーザーの決済情報のみで、行動履歴(位置情報)や趣味嗜好といったデータは管理していません。個人情報を企業に管理されることに抵抗を感じる方もいらっしゃいますので、データは極力扱わず、機能をシンプルにしたいと考えています。

重要なのは、システムの安定性

三矢
キャッシュレス決済も徐々に浸透しつつありますが、日本人の感性に合う金融体験やデバイスはどんなものだと思われますか。

津村
日本人は海外の人と比べて、「具体的にどんなリスクがあるかはわからないが、不安だけは強くある」という方が多いと感じます。そのためキャッシュレス決済においては、そういった漠然とした不安を取り除くようなスキームが必要だと思います。

当社では、決済エラーを起こさない、アプリが常に正しく動作するようにする、といったことに何よりも注力しています。金融システムは社会インフラですし、特にキャッシュレスという実態のないものに不安を持たれている方はまだとても多いので、システムの安定運用は非常に重要だと考えています。

水上
これからの若い世代の中には、初めて触れるお金や決済手段がキャッシュレス決済なんて人も出てくるかもしれません。ますます社会インフラとしての責任が増してきますよね。
EVERINGには、今後どのような機能を追加していかれる予定ですか。

津村
現在スマートロックに対応できるよう準備を進めています。それが実現すれば、家の施錠や解錠をすることもできるようになります。また、例えば社員証の代わりにEVERINGを使ってオフィスに入館できるようにするなど、認証機能を活かして用途を広げていきたいと思っています。

三矢
社員証が指輪というのもかっこいいですね(笑)。

津村
大きなオフィスの場合、ところどころに認証箇所があって、執務室にたどり着くまでに何度もリーダーに社員証をかざす必要がありますよね。また、パソコンとコーヒーを両手に持って社員証をかざすのに苦労したり、トイレに行った際に社員証を持っていくのを忘れ締め出されてしまった経験がある人も多いのではないでしょうか。常に身に着けているEVERINGが社員証代わりになれば、より便利になると思います。

三矢
新たな機能の導入にあたっては、他の企業などとの連携も視野に入れていらっしゃるのでしょうか。

津村
はい。例えば、スマートロック機能の活用においては、スマートロックを開発されている企業やマンションのディベロッパーと連携したり、またテーマパークと連携してチケットとして使用できるようにするなど、認証を求めるシーンのある事業者と積極的に連携していきたいと考えています。リーダーが設置されている、もしくは設置できるところでしたらどこでも活用いただけますので、EVERINGでできることを増やしていきたいですね。

水上
決済という一つの行動だけでなく、鍵を開ける、認証するといった生活の見えないタスクをストレスなく処理する点に大きな可能性を感じました。生活のシームレス化という新しい生活体験が生まれる未来が今から楽しみです。

三矢
指輪という最小限のデバイスに、決済や認証などさまざまな機能が詰め込めてしまうことに未来の生活の可能性を感じましたし、日本人の気質にあった認証の方式や情報管理のあり方など、フィンテックサービスを今後広めていくために大事な点を示していただいた気がします。
本日はありがとうございました。

■「キャッシュレス決済に関する調査」概要
調査対象:全国の20~60代の男女1400人 ※性年代の人口構成比に合わせて回収
調査期間:2021年10月 (第5回調査)
調査手法:インターネット調査

津村 直樹(つむら・なおき)氏
株式会社EVERING 共同経営者 取締役 COO

2002年、大手外資系消費財メーカー入社。大手小売り流通チェーン経営層に対するカテゴリーマネージメント提案により多くの経営課題を解決。2010年より本社にて基礎化粧品の日本国内における営業戦略・マーケティング企画をリード。また、日本随一の小売り大手との数々のタイアップ企画を立案・運営し、対象企業のビューティーケアカテゴリーのKPI達成を達成。まだ世に無いプロダクト・サービスを手に取って頂く感動を追い求め、2020年EVERING設立。

三矢 正浩(みつや・まさひろ)
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 博報堂生活総合研究所 上席研究員

2005年博報堂入社。PRプラナーとして食品・飲料、酒類、外食、金融、不動産、鉄道、エンタメ等、幅広い民間企業および官公庁の広報戦略立案・施策実行を担当。
09年から2年間、博報堂ブランドコンサルティング(現 博報堂コンサルティング)に出向。保険・製薬・鉄道・食品関連のブランド戦略立案やインナーブランディング業務に従事。
2011年にPRに復職した後、2016年より現職。「進貨論-生活者通貨の誕生-」、「消費対流-『決めない』という新・合理-」、「4つの信頼」、「2040年 私の『ふつう』」等の研究に携わる。

水上 裕貴(みずかみ・ゆうき)
HAKUHODO Fintex Base/博報堂 第一ブランドトランスフォーメーションマーケティング局 ストラテジックプラナー

博報堂入社以来、マーケティング職として、一般消費財やWebサービス、コンテンツ、通販・ECなどを担当し、事業戦略やコミュニケーション戦略、商品開発プロジェクトなど、マーケティング関連業務を幅広く経験。また、近年はキャッシュレス決済サービス、生命保険会社、損害保険会社、オンライン証券会社など、多様な金融領域での業務が増えている。

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