「広告朝日」の新連載「愛されるDXはカタチにできるのか」の第19回、博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクター/エクスペリエンスディレクター 水野康平の記事が掲載されました。
連載第19回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクターの水野康平が登場。水野は右脳的な思考と左脳的な思考を掛け合わせながら、リアリティを持った戦略を立て、実装までトータルでディレクションしています。ミドルファネルの本質を整理し、そこを起点にプランニングしていく具体的なプロセスについて聞きました。
──まず「ミドルファネル」をどう定義されていますか。
ミドルファネルといえばオウンドメディアやデジタルコンテンツ、ウェブCM、長尺動画といった施策を思い浮かべる人は多いと思います。施策領域としての理解も間違ってはいませんが、本質的ではないなと感じていました。私は「ミドルファネル」を設計思想と捉えなおし、「知る」と「買う」をつなげるための、広告を含めたすべての体験であると考えています。不特定多数に向けた発信「知る=アッパー」と、購入や申し込みなど「買う=ロワー」をつなぐもの、といった視点です。
ミドルファネル=ウェブCMと規定してしまうと、動画の企画が前提となります。しかし、「実感させる」ためのミドルファネルだと捉えなおせば、ウェブCMだけでなく、SNSの声の顕在化やスマートフォンサイトでの疑似体験など打ち手の可能性は広がります。
そもそも、人が何かを「買う」前にはさまざまな行動を行います。共感する、話題に触れる、推奨される、好意を持つ、試してみる・・・など、無数にある可能性からその商材において最も購買につながりそうなベクトルの「ミドル行動」を見立て、それをブランドらしい体験に落とし込んでいくことが必要だと考えています。
──「見立て」がとても重要ですね。
見立ての方向性を誤ると購買にたどり着けないと思います。ミドルファネルを考える上でのポイントは、大きく二つあります。一つ目は、デジタル独自の手法で、購買にコミットしていることです。ターゲットやインサイトを理解する精度を高めるために、さまざまなデータを活用していきます。リタゲーティングをはじめ、デジタルならではの手法ももはや当たり前になっています。だからこそ、それらも活用しながら購買までの行動を精緻に設計することが必要だと考えます。
二つ目のポイントは、当たり前のことではありますがそのブランドらしい体験になっていること。ターゲットが能動的に関与したり、参加したくなったりする表現や体験を提供することが大切です。短期的な購買だけでなく、中期的なブランドイメージの構築に貢献していく必要もあります。ミドルファネルを掲げて取り組んでいるとき、陥りがちなのがこの二つのポイントのどちらか一方が不十分になってしまうことではないでしょうか。
──具体的にどのようにミドルファネルを攻略していくのでしょうか。
どういった案件であっても、まずは「事業成果」を達成するために、勝機がありそうな「ターゲット」を設定していきます。その人たちに、何を促せば購買の可能性が高まるのか。そんな購買を加速させるための行動「ミドル行動」を起点に、必要な仕掛けとブランドらしさの両面から企画を行っています。この一連の流れにある「事業成果」「ターゲット」「ミドル行動」「ミドル仕掛け/ブランドらしさ」のうち、「事業成果」から「ミドル行動」までを「見立てる」ためには、戦略的な思考が必要です。一方、「ミドル行動」から具体的なアイデアに落とし込むまでに必要なのは「企てる/仕立てる」といったクリエイティブな思考。この一連の流れを横軸で思考することこそが、ミドルファネル攻略のカギだと考えています。
──購買を加速させる「ミドル行動」は「見立てる」と「企てる/仕立てる」のどちらにもかかっています。
「ミドル行動」は、データ起点/戦略思考で追い込む左脳的な発想と、仮説起点/クリエイティブ思考で追い込む右脳的な発想がオーバーラップする領域です。たとえ、データ起点で考えた行動であっても、動く体験に仕立て上げることができなければ意味がありません。また、どんなに面白い着眼点から生まれた行動であっても、購買につながらなければ意味がありません。左脳的発想と右脳的発想、両面から解像度を上げることが重要なのです。
──ストラテジストのような左脳的な思考で仕事をする方々と、CMプラナー/アートディレクターのような右脳的な思考で仕事をする方々の連携が必要ということですね。
右脳的な人と左脳的な人の連携は欠かせないと思っています。例えば、右脳的な発想から生まれたインサイト仮説を、データツールを用いて検証する。左脳的に導き出したタッチポイントに、どういったブランドらしさを掛け合わせると企画として成立するか、クリエイティブ起点で発想する。これなら動きそうと右脳的に感じたアイデアを、売れそうな施策設計へと左脳的に落とし込んでいく。
自分たちのプランニングのプロセスを分析してみると、右脳的な思考と左脳的な思考を行き来しながら、企画の解像度を高めていることが分かりました。戦略起点/データドリブンな発想と、クリエイティブ起点/仮説ドリブンな発想を掛け合わせていけることが私たちのユニークネスだと思っています。
──右脳的な発想で導き出した仮説が正しいか、データツールで左脳的に検証する。データの読み解き方もポイントですね。
プランニングには「見立てる」「企てる」「仕立てる」という3つのプロセスがあります。ある企業のアプリのダウンロード数を伸ばし、課金収益の最大化を目指すというプロジェクトを例にこのプロセスを説明します。
まずは、「そのアプリは知っているけど、ダウンロードしていない人」について、妄想を膨らませながら仮説ベースで洗い出していきます。次に、その仮説が正しいかどうか、人数のボリュームはどの程度であるかを、調査やデータツールで検証し、深く読み解いていきます。そして、最も勝機がありそうなターゲットを導き出す。ここまでは「見立てる」のフェーズです。
次が「企てる」のフェーズ。ターゲットとなる人たちの行動を促す仕掛けやタッチポイントをデータから読み解きつつ、そこに「ブランドらしさ」を掛け合わせていきます。これら2点を踏まえ、中核となる「コア体験装置」を開発するのです。
そして、最後にアッパーからロワーまで、具体的な施策設計に当てはめていく。ここが「仕立てる」のフェーズです。
──プロジェクトには、具体的にどういったメンバーが参加されるのですか。
案件によって違いますが、CMプラナーやアートディレクターなど、表現に強みを持つクリエイターと組むことが多いです。戦略とコアアイデアをまとめて考えたうえで、アウトプットに必要なその他のスタッフに参加してもらいます。核となる部分を決める会議では、その場でデータツールを見ながらインサイト仮説なども紐解き、固めていきます。
──右脳的な思考のクリエイターが戦略フェーズから参加する形はたしかにユニークです。そのメリットは具体的にどういったことだと思われますか。
CMプラナーやアートディレクターなどは、ブランドらしさを感覚的につかむことに長けています。「CMタレントは、なんとなくこの人がいいと思う」とか、「シュッとした感じの世界観がいいよね」とか。こうやって言葉にすると脈略がなさそうに思えますが、感覚的にひらめいたことを丁寧に紐解いていくと、実は本質的な課題につながっていたりします。必要なのは、左脳の人と右脳の人が歩み寄ることだと思っています。感覚的な意見を一方的に否定せず、その根っこにあるものを話しながら探し出す。歩み寄りながら言語化していくことで、感覚的にもロジック的にも納得できる戦い方を見つけ出す。右脳的な思考と左脳的な思考を行ったり来たりしながら、延々と考え続けます。
──感覚的な思考が含まれていることが、愛されるDXとなるポイントにもなりそうですね。
感覚とロジック、両方が網羅されているのでクライアントからも納得いただけることが多いです。プレゼンテーションで企画が通ったら、実装までにクライアント意向も踏まえて調整していきます。そのときもクライアントの意見に耳を傾けつつ、感覚とロジックの両面で取捨選択しながらブラッシュアップしていきます。ストラテジストとクリエイター。クライアントとエージェンシー。お互いの言語が違うのは当然だからこそ、チーム内だけでなく、クライアントとのハブとなることで、本質的な統合的プランニングが実現できると考えています。
2008年、広告制作会社に入社。大手広告会社のプロモーション/デジタル部署に常駐し、プロモーション~デジタル&ダイレクトマーケティング、システム開発から共同出資ベンチャー立ち上げまで幅広く経験。2013年からは博報堂で統合キャンペーン/インタラクティブクリエイティブからサービス開発まで領域を問わない企画プロデュースに従事。右脳のリアリティ×左脳の戦略で確実なビジネス成果を実現する。
※「ウェブ広告朝日」より転載
(21-3049 朝日新聞社に無断で転載することを禁じます)