──「USER INNOVATION LAB.(以下、ラボ)」が発足して一年が経ちましたが、発足の経緯や目的、そもそもどんな取り組みなのか教えていただけますか。
岡田
ラボが生まれたのは、私が通っている法政大学大学院の博士課程で西川英彦先生と出会ったことがきっかけです。西川先生は過去に良品計画などで働かれていた経歴もあり、企業ではなく、ユーザーである生活者自身が革新的な製品を開発したり、既存製品を改良する「ユーザー・イノベーション」を研究されてきた日本の第一人者。私自身は、過去に経験してきた商品開発やブランディングの仕事などを一旦整理して学び直したいと思って大学院に入ったところでした。
西川先生の研究内容にとても興味を惹かれ、実際に研究してみると、ユーザー・イノベーションは研究対象として面白いだけでなく、生活者発想をフィロソフィーとする博報堂のビジネスとしても可能性があると感じました。一方で西川先生も、研究で培った知識を企業に橋渡ししたい、企業との共同研究に取り組みたいという思いをずっと持たれていた。海外ではユーザー・イノベーションの研究も実践も進んでいますが、日本ではまだその考え方はあまり知られていません。そこで日本企業にユーザー・イノベーションの知識を届け、ユーザー・イノベーションを活用していただくために、西川先生とともにラボを立ち上げました。
米満
僕はもともとVoiceVisionという組織で、様々なステークホルダーと共創してブランディングやコミュニティづくりなどのプロジェクト業務を行ってきて、以前からユーザー・イノベーションにも興味がありました。そんな折にBIDに異動し、岡田さんから声を掛けていただいたことでプロジェクトに参加することになりました。現在はラボの運営に中心メンバーとして関わっています。
この1年のラボの活動を振り返ると、ユーザー・イノベーションに興味のある参加者を企業単位で募集して、職種も業種も異なる6社から3名ずつ、合計18人に集まっていただきました。プログラムは全12回で構成し、月に一度、事例や論文の共有などを行うオンライン勉強会と、学んだことを自社でどう実践したかを発表し合う2度の中間報告会を開催、さらに最終回ではそれぞれの上長も招いて発表していただきました。1年を通して、学術的なインプットと他社との学び合いのセッション、そして自社における実践の検討・トライアルを同時並行で進めていく、という建付けです。
――参加者を個人単位ではなく、企業単位にした理由はなぜでしょうか。
岡田
商品開発もイノベーションも基本的には数年かけて取り組むものです。ユーザー・イノベーションにしっかり腰を据えて取り組んでいただくためにも、企業単位で「各社3人ずつ」参加していただくことにしました。企業人が新しいナレッジを外部から取り入れて活用してみようと思ったとき、一人だとまず周囲の理解を得ることから始めなければなりませんが、3人いれば初めから自分以外の理解者がいるわけで、実現可能性も高まります。
ある企業のマーケティングセクションに仮に30人所属しているとすると、毎年このラボに3人ずつ参加していただければ、3年で部署の3分の1のメンバーがユーザー・イノベーションを熟知している状態になり、組織を共創体質にアップデートすることにもつながる。それこそが、このラボの本質的な目的でもあります。
米満
結果論ですが、3人という設定が最適だったもう一つの理由は、各社ともに若手、中堅、マネージャー層といった年齢幅のあるメンバーに参加いただき、意見に多様性が出せたこと。また岡田さんの言うように、グループで取り組むことで、組織内でも大きなインパクトにつなげることができた。まさに「ブランドや組織を共創体質にする」ためのプログラムになったと感じています。
実際に参加者の様子を見ていて実感したことですが、「A社さんを見習って、うちの会社でもやってみよう」とか、「うちは別のアプローチをしてみよう」「自社内のほかの部署と一緒に何かできないだろうか?」など、自社だったらどう取り組めるだろうかと考えられるようになり、ユーザー・イノベーションに限らず、自分たちの企業活動自体の可能性も開かれていく感じがしました。これは個人的にもすごく面白い発見でしたし、こうした「共創思考」「共創体質」が根付くことは、確実に組織やブランド自体のトランスフォーメーションにもつながると思います。
――第一期を終えてみて、参加者からはどんな感想がありましたか。
米満
18名の参加者に事後にアンケートをお願いしたのですが、満足度は100%で、9割以上の方が「実務に活かせる」と答えてくれました。開始前は「ラボで得た知識をどうやって実務に活かしていくか」という点を課題に感じていた方が非常に多かったこともあり、実務経験豊富な講師陣から、学術的な知識を具体的にどう実際の事業に落とし込んでいくかを学べたこともよかったようです。
そして一番驚いたのは、皆さんがすぐに実践に結び付けてくれたこと。予想以上に迅速に、このラボで学んだユーザー・イノベーション活用の手法を、自分たちの製品、ブランドの活動に活かしていってくれました。「是非トライしたいので並走してほしい」という相談も頂いて、実際に動き出している案件もあり、非常にスピード感を感じています。
岡田
ラボに参加いただいた皆さんには、各自の業務でユーザー・イノベーションを活用できそうな機会がないか、常に意識して考えてもらうようにお願いしました。既存のビジネスプロセスをすべてユーザー・イノベーションに置き替えるといったことは、正直なところあまり現実的ではないと思います。でも意識して探してみれば、10のプロセスのうち1つくらいは、ユーザー・イノベーション活用の手法に置き替えられる部分が見つけられると思うんです。
米満
ユーザー・イノベーションを学んだことで身についた「共創目線」は、製品開発に限らず、普段の日常業務にも取り入れられるものです。たとえばお客様から新しいネーミングを募集してみるとか、一部の取り組みに共創を取り入れてみるなど、小さなステップをぜひ積み重ねていってほしいですね。
―――ユーザー・イノベーションを活用する上で大切なことは何でしょうか。
米満
ユーザー・イノベーションを活用するには、まず自らが開発や改良を行っているようなソリューションやその情報を持っているユーザーと出会う必要があります。ある食品メーカーの取り組みでは、ビーガン食品の商品アイデアを得るために、精進料理に詳しいお坊さんからアプローチをはじめました。さらに、その方からもっと詳しい方を紹介してもらうというように、テーマに詳しい人を数珠つなぎ的に紹介してもらい新しいアイデアにたどり着く、というアプローチを実践されていました。
ともするとプロフェッショナルであるマーケターや、専門知識を持つ企業内の人が製品やアイデア開発を担うべきという発想に陥りがちですが、自分たちが目を向けていない生活者のなかにもすごい人たちがいて、そこにアイデアの源泉がある。彼らの知恵をどう活かしていくかが鍵になると思います。
岡田
ユーザー・イノベーションを活用するには、普通のユーザーに単に話を聞くのではなく、特殊なユーザーに、深く聞きこむ必要があります。ある意味、ユーザー、生活者の力を信じていなければできないこと。博報堂がつねづね大切にしてきたことでもありますから、インサイトを引き出す力や豊富なネットワーク、目利き力も合わせ、実践部分でお手伝いできることは多々あるだろうと考えています。
米満
一連の取り組みで企業とつながりを持ってくれた方々が、企業側のポジティブな取り組みを知り、企業との新しい関係構築の礎になるということも十分考えられます。そういう意味で、コミュニティ型ブランド育成にもつながる可能性を持つ手法だと思っています。
―――マーケティングカンファレンスベストポスター賞を受賞した「ユーザー・イノベーション診断マップ」について教えてください。
米満
ラボを運営するなかで、ユーザー・イノベーションは理解しても、いざ自分たちの企業やブランドの課題と照らし合わせたとき、何から始めればいいかわからないというケースが多いのではないかと考えて開発したのが「ユーザー・イノベーション診断マップ(※)」です。
ユーザー・イノベーション活用の手法を体系立ててまとめたもので、ユーザーから開発のヒントを得たいのか、あるいはソリューションに近いところまで参加してもらいたいのかという「ユーザー参加の範囲」を縦軸に、課題発見の段階からオープンに探っていきたいのか、もしくは絞り込んだ特定領域で行いたいのかという「課題の範囲」を横軸に置いたマトリックスを作成しています。それぞれの象限に応じて具体的に何から始めればいいのか、どの手法が最適かを診断できるというもので、企業がユーザー・イノベーションを活用する際の指針になればと思い開発しました。
岡田
学会で発表した背景には、研究側から企業側へのインプットだけでなく、企業側から研究側へのフィードバックが必要だと思ったからです。ラボの活動を通して、研究と実務の融合に取り組んだからこそ見えてきた「手法はたくさんあるが、どれがいいのか選べない」という課題に対し、その解決策として「ユーザー・イノベーション診断マップ」を作り、それを学会で研究者の方たちに提示しました。おかげさまで、ポスター賞という形で評価いただき、反響を呼びました。
ほかにも、企業のケース論文を僕と西川先生で執筆し、マーケティングジャーナルという学会誌に発表するなど、実務側から研究側への展開に取り組んでいます。博報堂BIDのnoteでもラボの様子を発信していて、企業の開発職の方から問い合わせをいただいたりもします。研究領域と実務の間にこうしたいい循環ができることで、ユーザー・イノベーションの研究者や実践者もさらに増え、そこからさらにラボに参加いただくといった展開も期待しています。
そもそもユーザー・イノベーションはオープンイノベーションの一種ですから、企業が閉じこもっていては何も生まれません。このラボについても同じで、成果をオープンにすることで多くの人に手法や知識を得てもらい、活用してもらうことが重要だと考えています。
―――現在、ラボの2期目の参加者の募集が始まっています。どんな方に参加いただきたいですか?
米満
4月から2期目のラボのスタートが決まっており、現在参加企業を募集中です。共創に課題意識や興味のある企業に参加していただければ嬉しいですね。参加いただく個人に学んでいただきながら、組織やブランドの中に共創体質を根付かせていくためにも、継続的にユーザー・イノベーション活用の手法を実践いただける企業に参加いただければと思います。
岡田
どんな分野でも生かせる手法ですので、業種はBtoBでもBtoCでも問いません。ただ参加される方の職種は、商品・サービス開発に関与できる部門であるほうが、実践に活かしやすいと思います。1期目では、商品開発や研究開発、デザイナーなどの職種の方がユーザー・イノベーションをより実務に取り込みやすそうな印象を受けました。
―――ラボの今後の展望をお聞かせください。
米満
活動を続けていく中で、ラボの取り組みがどのような製品やイノベーションにつながっていったかを追いながら、それぞれの年度の参加者同士、企業同士も学び合えるようなつながりをつくり、さらに相乗効果を生んでいきたいと考えています。副業の解禁やリモートワークの定着など、個人としての時間が増えることで、ユーザー・イノベーションに参加する生活者が増えると言われていて、今後さらに可能性が広がる分野だと思っています。博報堂がユーザー・イノベーション自体のさらなる認知拡大の流れをリードし、活用に関心を持つ企業が増えればと思います。
岡田
短期的には、ユーザー・イノベーション自体をもっとたくさんの企業に知ってもらい、実践していただきたいです。産学連携の取り組みとして、実務で実践されたことを研究側に戻してという循環が生みだせているので、ユーザー・イノベーションがさらに科学的な研究対象領域になっていってほしいです。
また長期的には、今後マーケティングやブランディングにおいて、「共創」の概念は当たり前になっていきます。そのとき我々が一歩先駆けて研究と実務の両輪でユーザー・イノベーションのありかたを明確化し、波及させていく先頭ランナーでいたいですし、それは博報堂にとっても意味のあることだと思っています。成功例、失敗例など知見を溜めていって、このラボがユーザー・イノベーションを熟知する、唯一無二の存在になれたら。息長く取り組んでいき、「この製品はユーザー・イノベーションラボから生まれました」という商品が販売されるようになること、それが一つの大きな目標です。
1981年東京生まれ。国際基督教大学卒業後、2004年株式会社博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局を経て、現在、ブランド戦略・マーケティング戦略の策定や新商品・新サービスの開発などを支援するブランド・イノベーションデザイン局に所属。法政大学と博報堂による産学連携プロジェクト「USER INNOVATION LAB.」の共同代表も務める。著書に『買わせる発想 相手の心を動かす3つの習慣』(講談社)『博報堂のすごい打ち合わせ』(ソフトバンククリエイティブ)、『プロが教える アイデア練習帳』(日経文庫:日本経済新聞出版社)などがある。経営学修士(MBA)。法政大学非常勤講師。日本広告学会理事。日本マーケティング学会理事。
マーケティングリサーチ会社を経て2009年博報堂入社。共創を推進する事業会社VoiceVisionにコミュニティプロデューサーとして参画。様々なステークホルダーとの共創から、地域・地域創生、新商品開発・ブランディング、産官学連携オープンイノベーション、コミュニティづくりなどのプロジェクトを担当。2020年より博報堂ブランド・イノベーションデザイン所属。