参加者(五十音順・敬称略)
*岩嵜博論 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授
*杉谷陽子 上智大学 経済学部経営学科 教授
*本條晴一郎 静岡大学 学術院工学領域 事業開発マネジメント系列 准教授
*水越康介 東京都立大学 経済経営学部 教授
*山野井順一 早稲田大学 商学学術院 商学部 准教授
*上地浩之 博報堂ブランド・イノベーションデザイン コミュニティプロデューサー
*司会:岡田庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 部長
会場 UNIVERSITY of CREATIVITY(UoC)
岡田(博報堂) 前回は、商品・サービスと生活者体験の未来像について、みなさんとディスカッションしました。前半のプレゼンテーションでは、博報堂の茂呂さんから、デジタル常時接続時代の到来、国内市場の成長鈍化、世論感情主導社会、ブランドのサービス化という4つの兆しの先に、生活者体験が大きく変化しようとしていること。今後はテクノロジーの活用などを通じて、生活者のペインや不満を取り除いたり、新しい価値や喜びを提供したりするような商品・サービスが求められていくであろうことが語られました。
その後の全体ディスカッションでは、「衛生要因」「動機付け要因」などの概念を手がかりにしながら、これからの商品・サービスの役割について、活発に意見が交わされました。生活者をはじめとした多様なステークホルダーによってブランドが形成されていく時代になる中で、企業が商品やサービスという形でブランドに関与していくことがますます重要になるのではないか。そんな見解も示されました。
今日のラウンドテーブルで取り上げるのは「コミュニティ」です。BXの重要な要素の一つであり、企業と生活者との新たな接点として、昨今のマーケティングやブランディングにおいて注目が高まっているテーマです。これまでのみなさんとの議論の中でも、幾度となくコミュニティの意義や役割についての発言がありました。今回も活発な議論を期待しています。まずは、博報堂の上地さんからプレゼンテーションをお願いします。
上地(博報堂) 博報堂の上地(うえち)と申します。私は10年ほど前、生活者との共創やコミュニティ運営を専門にする会社を博報堂の子会社として立ち上げ、さまざまな共創プロジェクトの運営を手掛けてきました。昨年から博報堂に戻り、引き続きコミュニティプロデューサーとして活動しています。
今日は皆さんと、「BXを推進する上でコミュニティはどうあるべきか」をテーマに議論させていただきたいと思っています。ビジネスや研究の領域でコミュニティが語られる時は、いわゆる「ファンコミュニティ」を思い浮かべる方が多いかと思います。古くは、アメリカの老舗バイクメーカーのユーザーコミュニティなどがよく知られています。そのメーカーのバイクの愛好家たちがツーリング仲間になり、ファンコミュニティを形成していった例です。
しかし、BXという観点でコミュニティを捉えると、今後企業が向き合っていくべきコミュニティはファンコミュニティだけでいいのか、もっと広い視点からコミュニティを捉えるべきなのではないか、というのが私の課題認識です。
今日の議論の前提として、昨今のブランディングにおいてコミュニティが重視されている背景からお話しします。突き詰めると、2つの点に集約できると考えています。
1つは、商品過多・情報過多です。商品が飽和し、情報が溢れている中で、従来の“売り場”という接点だけでブランドの価値を届けることが難しくなってきています。では、どうやって届けようかと考えたとき、生活者との新たな接点としてコミュニティが意識されるようになった。
もう1つは、デジタルシフトです。デジタルが生活の中に普及したことで、ブランドが生活者と直接的、継続的、相互作用的に繋がることが可能になり、さらに、その繋がりが世の中に可視化されるようになりました。この結果、コミュニティという存在そのものが世の中に対するブランディングの効果を持つようになってきています。
今後は、コミュニティを通じた「ブランドと生活者の新しい関係構築」が、ブランディングや企業活動の成功のカギを握る。そう言ってよいと思います。
このときのコミュニティは、ファンコミュニティに限りません。コミュニティマーケティングとして語られてはいませんが、D2Cやサブスク型のビジネスモデル、パーパスブランディング、VOC(Voice of Customer)経営などの潮流も、まさにコミュニティ型の活動によって「ブランドと生活者の新しい関係構築」を行っている例だと思います。
企業と生活者の関係が「価値提供」から「価値共創」へと変わりつつある時代、企業の発想も「競争戦略」から「共創戦略」へ、すなわち「どう仲間を創るのか?」にシフトしていくべきではないでしょうか。いかに生活者や他企業と協力関係を築き、企業活動への参加を促していくのか。そうした考え方から、コミュニティという概念自体をアップデートしていく必要があると考えています。
上地 そもそもコミュニティは“地域コミュニティ”から生まれた概念ですので、「排他的であること」がコミュニティの条件のように言われることがよくあります。しかし、企業が今後、コミュニティを顧客接点として考えるなら、排他的であることは必ずしも好ましくありません。限られたファンだけで閉じたコミュニティでは、LTVを向上させるのにも限界がありますし、ビジネスとしての意義も薄い。むしろ最初から、「参加者の広がりを見込んだコミュニティ」を目指すことが必要でしょう。
そうしたコミュニティを設計する際に、非常に重要になるもの。それはコミュニティの中心に置かれる「目的」です。これからのコミュニティは「目的」が求心力を持ち、そこに共感して集まってきた人たちが協力し合う集団という構造になるだろうと考えています。
定義するならば、「コミュニティとは、共通の目的の実現に向けて協力し合う活動体である」。この領域に10年間取り組んできた自分としても、とてもしっくり来ている表現です。
我々の実践を通じた研究からは、コミュニティが掲げる目的によって、コミュニティの種類は大きく3つのタイプに分類できるのではないかと捉えています。
1つめは、「体験の共有」を目的としたコミュニティです。旧来のファンコミュニティも含まれますが、最近では排他性のないファンコミュニティも増えています。例えば、ある地方発のクラフトビールブランドは、いわゆるファンイベントを積極的に開催すると同時に、クラフトビール文化を広げるためのアイデアを公募したり、ECサイトでビール好きに向けたコンテンツを提供したりすることで、幅広い層をコミュニティに取り込むことに成功しています。
2つめは、商品やサービスのアップデートにユーザーを巻き込む「イノベーション共創コミュニティ」です。ユーザーイノベーションの活動が、継続性を持ったコミュニティで行われていくタイプです。生活雑貨の製造小売ブランドが、生活者と協働した商品改善や、地域の生活者やお店が参加できるワークショップイベントの開催などを通じて、多様なつくり手を巻き込んだイノベーション共創コミュニティを形成しているケースなどがあります。このタイプは、コミュニティの存在自体がブランディングに寄与していることも多いですね。
3つめは、「パーパスドリブンコミュニティ」です。どんなコミュニティにもパーパスがあるかもしれませんが、あえて他の2タイプと分けたポイントとしては、「ソーシャルグッド」と呼ばれるような社会によいインパクトを与えるパーパスが中心に置かれたコミュニティを想定しています。あるアウトドアウェアのブランドが、地球環境への貢献をパーパスに掲げ、自社製品のリペアプログラムなどの独自の活動に積極的に取り組むことでファンコミュニティにとどまらないコミュニティを形成している例は、これに当たると思います。
こうしたコミュニティの存在が、生活者側の行動を変える。それこそがコミュニティが企業のビジネスにもたらす大きな意味と言えます。購買行動が変化するだけでなく、誰かに推奨する行動や、企業に提案する行動など、多様なステークホルダーの自発的な応援行動が生まれていくことが期待できます。そうした自発的行動をいかに企業活動に巻き込み、ブランドの推進力に変えていけるかが、BXにおいても非常に大事なポイントになってくると思います。
話をまとめますと、これからのブランドが構築すべきコミュニティとは、「共通の目的の実現に向けて協力し合う活動体」である。ブランドの旗印のもと、ブランドの目的に共感して集まった人々が、目的の実現に向かって協力して活動していく。そんな構造になっていくでしょう。
また、企業が新たにコミュニティを設計するときは、まずは掲げる目的を明確に定義する。そして、その目的の実現に向けて、誰の協力が必要なのか。どんな活動を展開することで、幅広い参加を促していくのかを明確にしていく。そう考えていくことで、ブランドならではのコミュニティの形が見えてくると思います。
本條 最も共感したのが、パーパスドリブンコミュニティという考えです。私は以前から「エコシステム」という捉え方が重要だとお話ししてきましたが、パーパスドリブンコミュニティは従来のコミュニティという概念を超えて、エコシステムの中にパーパスとともに埋め込まれている集まりとして定義されているように感じたからです。
ブランドコミュニティの議論に多大な影響を及ぼした社会学者のミシェル・マフェゾリによれば、近代になって従来型の地域コミュニティが失われ、孤独になった人たちが集うようになった。小集団、もしくはアーバン・トライブと呼ばれるそうした集団は、何らかの宗教的色彩のようなものを帯びるようになっていると。先ほどのアメリカンバイクのブランドコミュニティも、その文脈で分析されています。
一方、サービスデザインとソーシャルイノベーションのためのデザインの第一人者であるエツィオ・マンズィーニは、そうした集団は、爆発力はあるけれど、社会的には孤立するので、協働を前提とするソーシャルイノベーションの阻害要因になると指摘しています。興味深い指摘で、私も社会に対して閉じがちなコミュニティよりも、開かれたエコシステムの方を重視すべきではないかと考えるようになりました。私はこの考えをソーシャルイノベーションに限らず、市場創造やブランディング全般に広げた形で解釈しています。
コミュニティは企業にとって大事な顧客接点かもしれないですが、ブランドをトランスフォームしたり、社会全体のサステナビリティを考えたりするときには、阻害要因にもなり得る。今日の議論ももっとエコシステムという視点で捉えた方が整理しやすく、発展性もあるのではないかと思いました。
水越 コミュニティの範囲をどう設定すべきか、悩ましい論点だと思いました。ヘビーユーザーだけに狭めていったほうが、ファンコミュニティとしての活気や結束が強まる半面、排他性が生まれて、「本当にその人たちだけでいいのか?」という問題がでてくる。逆に対象を広げていくと、そのブランドを買わないような人たちもコミュニティに入ってくることになるでしょう。そういうゆるい繋がりまで含めてコミュニティと位置づけて運営することに、ビジネス上どんなメリットがあるのか。昔から気になるところでもありました。
ネット上のコミュニティも、なかなか捉えづらいですよね。ソーシャルメディアが登場した頃は、ネット上にいろいろなコミュニティが生まれるのではないか、ビジネスに活用できるのではないかと言われていました。しかし、ある程度経ってみると、ソーシャルメディアは思っていたほどコミュニティっぽくないところがあることも分かってきた。企業がソーシャルメディアに関わる意義も、コミュニティというより、普通のマーケティングツールというか、ユーザーに適切な情報をOne to Oneで届けられるツールという感じで捉えられています。
この先、BXの文脈でコミュニティがどうなっていくのかは、とても重要な論点であり、おそらく今までとはまた違う形になるのではないか。抽象的ですけど、そんなことを思いました。
岩嵜 コミュニティの接点や場はどうデザインされるべきなのか、そもそもデザインすることが可能なのか、重要な論点だなと思いました。仮に、熱烈なファンコミュニティとゆるいコミュニティを作り分けるという場合も、デザインが果たす役割が大きいのではないかと。
アウトドアウェアブランドのコミュニティの事例は、私も以前から注目していたのですが、彼らは顧客接点のデザインをとても丁寧にやっている印象があります。買った服を持ち込んでリペアプログラムに参加するだけで、あるいは単に来店するだけでも、このブランドコミュニティの一員になった感覚になれる。熱烈なファンでなくてもいいので排他性はなく、参加のハードルは低い。絶妙なデザインだなと思っていました。これからのコミュニティはどうデザインされうるのか、重要なイシューではないかと感じました。
杉谷 みなさんのコメントとも重なるのですが、上地さんが提示されたこれからのコミュニティ像は、そもそも「コミュニティ」と呼ぶのが適切なのか。コミュニティという言葉にこだわらずに、その考え方を捉えてもいいのかなと思いました。
なぜなら、コミュニティと呼んだ時点で、私はその集団が閉じている印象を受けます。心理学の古い研究では、「あなたは集団A、あなたは集団B」とレッテルを貼られただけでも競争意識が生まれることが知られています。競合するブランドがコミュニティを持てば、そこに何らかの競争状態が生まれてしまう。呼び方はもっと違っていいのかもしれません。
もう一つ、海外の消費者行動の研究で、ブランドの古くからのファンが、新しいファンに対してどういう反応をするかについての研究があります。結論を簡単にいうと、ゆるいファンが入ってくることを、コアなファンは嫌がる。なんとなくわかりますよね。
岩嵜先生が例で挙げられたような、排他性を感じさせないコミュニティの新しい形があるなら、模索する価値はあるでしょうし、その一方で、常に多額の購買をしてくれる熱烈なファンがいるならば、見逃してはいけない。難しいバランスの議論かな、とも思いました。
山野井 今の杉谷先生のコメントは興味深いですね。たしかに境界があると入りづらくなるけれど、境界があるからこそ仲間や所属ができる、人が惹きつけられるという側面もありそうです。
最近、ネットワーク科学の領域でも、コミュニティの研究が結構盛んにおこなわれています。どういう条件が整えばネットワーク上にコミュニティが生まれるのか。単純な個人間のインタラクションだけではコミュニティは生まれない。一つの方向に導いてくれるような存在がいると、コミュニティが生まれてくるんですね。この話からは、コミュニティをつくり出す上で企業の介在の余地がある、と考えることもできます。
もう一つ、役立ちそうな概念に「レジリエンス」があります。場の運用を危うくするイベントが起きたときに、その影響を受けつつも、そのまま機能を保てる能力のことです。冗長なネットワークの方がレジリエンスは高いと言われていて、例えばAさんとBさんの繋がりが、1つの経路だけでなく複数経路で繋がっていると、どこか1つが途切れても維持できる。これはコミュニティにも当てはまって、1人の中心的な人物がメンバー全員と繋がっているようなコミュニティは、その人物がいなくなるとコミュニティ自体がなくなってしまいます。中心的でない人同士もある程度繋がっているようなコミュニティの方が、よりレジリエンスが高い。
このあたりの知見は、今回のコミュニティの議論を深めるのに有用なのではないかと思いました。
岡田 みなさん、ありがとうございます。コミュニティの次のあり方につながるさまざまな論点が示されました。ぜひ、この後のディスカッションで深めていければと思います。
本日も岩嵜さんから、3つのテーマを提示していただきます。