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シェフでありクリエイターであるsio鳥羽周作氏が
嶋浩一郎と語る「食とクリエイティブの可能性」
(アドバタイジングウィーク・アジア2022レポート)

2022.07.20
#アドウィークアジア2022#クリエイティブ
リアル・イベントとオンラインを融合したハイブリッド形式で開催されたアドバタイジングウィーク・アジア2022。リアルとバーチャルの融合によりこれまで以上に参加の機会を広げ、「マーケティング、メディア、テクノロジー、クリエイティブなどの業界をひとつにし、変化を推進していくこと」を視座に、さまざまなセッションやネットワーキングが展開されました。

東京・代々木上原のフレンチレストラン「sio」。ミシュランガイド東京2020から3年連続で一つ星を獲得している同店のオーナーシェフ、鳥羽周作氏は、コロナ禍の影響で集客が厳しくなった折に「お客さまが何を望んでいるか」を軸に自身のレシピをSNSで次々と公開し、話題になりました。その後もコンビニエンスストアチェーンとの商品開発や、博報堂ケトルをパートナーとして食のクリエイティブカンパニー「シズる株式会社」を立ち上げるなど、異色の活動を重ねています。
そんな鳥羽氏と数年前に出会い、ぜひ一緒に仕事をしたいと思ったという博報堂ケトルの嶋浩一郎が、「感動する体験の設計」について鳥羽氏に迫りました。本稿では、セッション「食とクリエイティブの可能性」の模様をレポートします。

鳥羽 周作
sio株式会社 / シズる株式会社 代表取締役
シェフ

嶋 浩一郎
株式会社博報堂ケトル
エグゼクティブクリエイティブディレクター

最初の店で芽生えた「体験価値の最大化」への関心


「モノの消費からコトの消費へ」とか、「体験を売る」といったことを企画書に書く人はたくさんいると思いますが、難しいのはそれを実現するところです。鳥羽さんは、自身のレストランでクオリティの高い体験を提供するのはもちろん、コンビニの商品やECでも緻密な体験設計をされています。“おうちでsio”と銘打って、コロナ禍で自身のレシピを惜しげもなく公開し、いち早くデリバリーを開始したこともクリエイティブな取り組みだと思っていました。なぜそうしたことができるのか、その考え方を今日はうかがいたいと思います。
まず、簡単に自己紹介をいただけますか?

鳥羽
「sio」オーナーシェフの鳥羽周作と申します。今、sioのほかに複数の飲食店を経営しながら、博報堂ケトルと一緒に食のクリエイティブカンパニー「シズる株式会社」の代表取締役も務めています。食を通して世の中を幸せにして、幸せの分母を増やしていこうという考えを軸に、さまざまな取り組みを進めています。


なぜ、料理の道に進まれたのでしょうか。

鳥羽
もともとプロサッカー選手を目指していたのですが、最終的には断念し、次に何をしたらいいのかわからない時期がありました。その中で、カフェが好きだったのでカフェで働き始めて、今後もしカフェをやるなら飲食の最高レベルをわかっているほうがいいだろうとレストランに移ったら、それがすごくおもしろくて。天職だと思いました。
コース料理は、映画のようなものです。どこで驚きを感じてもらい、どこで喜んでもらおうか、とコントロールしていくと「体験価値」を最大化できる。そう最初の店で気付いてから、その考えをどんどん突き詰めています。


最近の取り組みで興味深かったのは、レストランの営業時間戦略です。フレンチレストランなのに、鮭がメインで和風の「朝定食」を提供されていますね。

鳥羽
そうですね。営業時間を昼と夜に限らず、もっと面で捉えることで、多くの方を幸せにしたいと考えて始めました。鮭は、皮を1日乾かして針で細かい穴を開け、フレンチの方法で火入れをしています。2,500円では普通できないところまでやりきると、感動に値する価値をお客さまに感じてもらえます。それで、今いちばん予約が取れないのが朝の時間帯になっています。

届ける相手を想像できてこそクリエイティブを発揮できる


鮭って普通、箸で押すようにして切り分けますが、この鮭は切れる感触が全然違います。パリパリッと皮に箸が入っていって、すごく気持ちいい。このように、プロダクト自体の質の高い体験設計はもちろん重要なのですが、鳥羽さんはそれをマスに広げられています。例えばミドリムシを扱うユーグレナのコーポレートシェフに就任して商品開発をしたり、コンビニチェーンの商品開発にも携わったりしています。
僕が数年前に初めて鳥羽さんにお会いしたとき、鳥羽さんはミシュランの評価にも飽き足らず、「僕はレストランもやりたいけれどファミレスをやりたい、それが僕の夢なんです」と話されていました。こだわりの食を手掛ける方って一点集中の人が多いと思いますが、マスに開かれた発想を持たれているのが、とてもおもしろいなと。もともと、そういう思いを持っていたのですか?

鳥羽
これは、以前に仕事をご一緒した、デザイナーの水野学さんの影響が大きいです。水野さんは「くまモン」をデザインした方ですが、あのように誰にでも好かれる、マスに受け入れられるポップなものをつくることがいかに大事かと気づかされました。そこから、食というクリエイティブを通して、たくさんの世の中の課題を解決していきたいと思うようになりました。
ファミレスやコンビニで、自分が食の課題を解決できたら、多くの人が喜んでくれて、幸せの分母が増えていきます。そこに自分が生きる価値を見いだしたんです。意外と高級な領域はもう頭打ちで、クリエイティブを発揮できる余白がない。逆に、マス向けのプロジェクトのほうが余白があると思いました。それで、YouTubeで唐揚げのようなレシピを紹介し始めて、一層、多くの方に受け入れられる取り組みに注力しています。


鳥羽さんがお店でつくっているレシピ以外に、身近な料理も紹介しているのは、そういう思いがあるんですね。

鳥羽
そうですね。これは自分の考え方においてポイントのひとつだと思うんですが、僕ら料理人が「料理で世の中をよくしていきたい」と思うとき、必ず誰かが想像の先にいます。もっというと、想像する誰かが見えていないとクリエイティブを発揮できない。何をするにも、最初の動機が「お客さまが何を求めているか」に根ざしています。
コロナ禍なら、家で料理をする時間が増えているからYouTubeがいいんじゃないか、などですね。それもなるべくみなさんに試してもらいたいから、誰でも買える食材と家にある調理器具で、15分くらいでできるものを。特に、自分の妻がつくって再現できるかどうかをいちばん重視しています。

感動体験は、どこでどのように表現されるのか


その「マスに対する食の体験」を拡張するために、シズるという会社を立ち上げられた。シェフがクリエイティブエージェンシーを立ち上げるのも、なかなかないことだと思います。

鳥羽
料理を通して世の中をよくしていくために、レストランという枠組みだけでは解決できることが少なすぎると思ったんです。同時に、博報堂ケトルと組むことで、解決手段であるクリエイティブの幅を広げられると考えました。また飲食業界に対しては、これからは店舗の収入だけに頼らず新しい場所で事業をしていくのも、ビジネスモデルの一例になるのではという思いもありました。


シズるでの複数の活動にも、鳥羽さんが最初におっしゃった体験価値の最大化やマス向けへの拡張というテーマがあり、いろいろなテクニックが用いられていると思います。例えばミニストップではタレに注力した「タレ弁」が、またローソンでは直近5月に3種類のアイスが、鳥羽さん監修の下で発売されています。

鳥羽
タレ弁は、コンビニのお弁当の価格帯でどのような感動体験をつくれるかを追求しました。500円のお弁当で素材の良さを打ち出しても、あまり信ぴょう性がありません。なので、素材を調理する発想ではなく、調味でおいしさをつくろうと考えました。味付けでおいしくするということですね。
で、日本なら“タレ”だなと。タレがうまくてご飯が進んだ、という口コミがSNSで広がるようにとも考え、ハッシュタグで際立つネーミングにこだわりました。感動を表現しやすいかどうかも、おいしいものをつくるのと同じように大事だと思っています。


アイスは、食べ方の指定があるんですよね。冷凍庫から出して食べる前にそれぞれ3分、4分、8分「待ってください」と、体験がデザインされている。これも、SNSでどう広がるかまで見通した企画ですね。

鳥羽
はい。想定したとおり、「8分我慢して食べたら全然違った」といった口コミが多く見られました。8分待つ間に散歩をした、という人もいましたね。こうした設計が、単に買って食べるという行為に、体験価値を乗せていくことになると思います。
自分がすごくおいしいと思ったものは、誰かに勧めたいですよね。SNSで口コミを発信してくれたら、その人がプロダクトを通して得た体験価値をシェアすることになり、周囲には感動が伝わり、その人にとってはより深い感動にもつながるかもしれない。プロダクトをおいしくつくるのはもちろん、こうしたコミュニケーションも織り込んで考えることが多いです。


食べる前と、食べた後の体験デザインも重視されている。

鳥羽
そうですね。まさに、レストランの体験を店の外で再現しているような形です。例えば結婚記念日にレストランを予約したら、それに向けて何を着ようかと考えたりしますし、当日を楽しんでその思い出をSNSに投稿して、お店の人がコメントをくれたら、なんだかハッピーな時間が長く続きますよね。行く前から、感動体験は始まっている。その事前から事後までの設計図をプロダクトを中心にどう設計するかは、今後とても大事になると思います。
つまり、文脈があるということです。日常の中で食べるカップラーメンに感動はしないけれど、富士山の頂上で食べると感動的なおいしさに値する、みたいな。文脈があることで、感動の深度が深まっていくのだと、いつも考えています。

相手を想像した上ですべてを決めていく


鳥羽さんは、それぞれの場所に来るお客さまの感覚や価値観の違いに敏感ですよね。高級レストランとコンビニでは、求める“感動ポイント”が違う。

鳥羽
やはり、常に相手のことを想像しているからだと思います。例えば、どんなバッグを持ってどんな時計をして来店する人なんだろうと考え、そういう人ならこんなこだわりが喜ばれるだろうとつかんでいく。コンビニでも、アイスを買うのに何とも思わない人もいれば、週1回にちょっと高いアイスを買うのを楽しみにしている人もいる。そんな人は何を喜ぶだろうか、といった形で、相手を想像した上で何をしていくかを細かく決めていっています。こちらの都合で物事をつくらない、組み立てない、ということが大きいと思いますね。


こちらの都合でつくらない、というのはとても大事ですね。かつて広告も「わが社のブランドはこうである」みたいに完成形を届けるブランディングが主流だったけれど、今は余白のあるブランディングにシフトしているとおもうんです。受け手のクリエイティビティに委ねるといってもいいですね。
先ほどのタレ弁は、タレの反響が大きくて、タレ単体で発売されることになったそうですね。これもある意味、受け手に委ねたあとに生まれたもので、こうして“タレカルチャー”が受け手の間で拡張しているのがとてもおもしろいです。
ブランディングやコミュニケーションの仕事に携わる人に、僕はよく「カリフォルニアロール」の話をしています。江戸前寿司の職人からすると、寿司を世界に広めようと思ったのに、なぜかアボカドサーモンロールが生まれた。江戸前寿司原理主義者は「これは寿司じゃない!」と思うかもしれませんが、これもいいね、寿司だね、と認める姿勢があるほうが、カルチャーが広がりますよね。そう考えると、今は「こうである」と経典を押し付けるより、その経典が受け手のクリエイティビティで上書きされるようなブランドのつくり方が大事なのだろうと感じます。

鳥羽
そうですね。お客さまと一緒にブランドをつくるというか、求められるものを形にすることでブランドができていく、文化になっていくような感覚があります。


ECショップ「シズる商店」についても少しうかがいたいです。ECはどうしてもプロダクト中心になりがちですが、どのように体験を創出されているのですか?

鳥羽
例を挙げると「ふつうのマヨネーズ」という商品は、賞味期限が短く、おいしさに特化しているんですね。一般的な商品に対して、ちょっと斜め上に位置するものをつくることで、需要を掘り起こせるだろうと思います。このマヨネーズを家で食べた上で、僕の店でこれを使った料理を食べてもらえたら、“答え合わせ”をしてもらえる。ECで売ることを目的にせず、ECを手段として捉えると、新しい感動体験の設計がもっと考えられると思います。


ECで買ったとき、自宅で使うとき、そしてレストランに行ったときという形で時間や空間を超えてつながった体験を設計されているんですね。最後に、これから取り組みたいことをうかがえますか?

鳥羽
500円でも2万円でも、またどんなジャンルでも、感動体験の設計図をきちんと描いて提供していきたいと思います。世の中、体験価値が重視されるほうへますますシフトしていくと思うので、そこをシズるで掘り下げて、設計図を世の中に広めていきたいと思います。

鳥羽 周作
シズる株式会社
シェフ

Jリーグの練習生、小学校の教員を経て、31 歳で料理の世界へ。2018年「sio」をオープン。同店はミシュランガイド東京 2020 から 3 年連続一つ星を獲得。
現在、全国にいろいろな業態の8店舗を展開。モットーは『幸せの分母を増やす』。

嶋 浩一郎
株式会社博報堂ケトル
エグゼクティブクリエイティブディレクター

PRと広告を融合させた多数の統合キャンペーンを実施。2004年、本屋大賞を設立に参画。2006年クリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。

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