参加者(五十音順・敬称略)
*岩嵜博論 武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授
*杉谷陽子 上智大学 経済学部経営学科 教授
*本條晴一郎 静岡大学 学術院工学領域 事業開発マネジメント系列 准教授
*水越康介 東京都立大学 経済経営学部 教授
*山野井順一 早稲田大学 商学学術院 商学部 准教授
*宮澤正憲 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 局長
*司会:岡田庄生 博報堂ブランド・イノベーションデザイン局 部長
岡田 前回は、データやテクノロジーがどうBXに関係するのか、また、デジタル化によって生まれる生活者と企業の新しい接点「生活者インターフェース」をテーマに、さまざまな意見が交わされました。
博報堂の中村信さんのプレゼンテーションをきっかけに、生活者インターフェースがなぜ重要になっているのか、データ・テクノロジーの生活者や企業にとっての価値は何かといった議論が盛り上がりました。なかでも皆さんが同意されていたポイントの一つが、「データやテクノロジーにクリエイティビティを掛け算することが重要である」ということ。今後は、世の中からの注目を一気に集めるような「瞬発力のあるクリエイティビティ」に加えて、生活者と繋がりつづけるための「持続的なクリエイティビティ」も重要になってくる、そんな中村さんの投げかけから、持続性を生む要素についての議論が盛り上がりました。
最後は、BXにおけるデータ・テクノロジーの役割についての議論になりました。ブランドやパーパスが目指すものによって、データ・テクノロジー活用のあり方や、生みだす価値が決まること。また、企業が生活者のデータを扱っていく以上、ブランドの「信頼」が今まで以上に重要になるのではないかという見解が、みなさんの議論から導かれました。
さて、このラウンドテーブルもいよいよ最終回です。新しいブランド論としてのBXを入口に、「パーパス」「組織・人事」「コミュニケーション」「ビジネスプロセス」「商品・サービス」「コミュニティ」「データ・テクノロジー」という多様なテーマでBXをめぐる深い議論が交わされ、その輪郭がだいぶ見えてきた気がしています。
本日は、あらためて「BXとは何か?」を全員で議論してみたいと思います。第1回でプレゼンテーションをしていただいた博報堂の宮澤さんも加わります。まずは水越先生からプレゼンテーションをお願いします。
水越 みなさんと、計8回にわたってディスカッションさせていただきました。私自身にとってこのラウンドテーブルは、ブランドとはそもそも何なのかを改めて問い直し、また学び直す機会になったと感じています。
振り返ってみると、これまでの我々の議論は2つの視点に整理できると思いました。
1つは、ブランド「で」、何かをトランスフォーメーションするという視点。
もう1つは、ブランド「を」、トランスフォーメーションするという視点です。
出発点としては、前者、つまり「ブランドによって何かを変革する」という視点だったように思います。ではなぜディスカッションの中で、後者の「ブランド自体を変革する」という議論が出てきたのか。それはおそらく、ブランドの定義や考え方自体が変わってきているからではないでしょうか。これが本日議論したい主題の一つです。
「ブランドとはそもそも何か」については、以前からさまざまな捉え方が打ち出されてきました。ブランドを資源・資産として捉えるという視点も昔からありました。
私のイメージでは、ブランド研究は戦略論としてよりも、近年は特に消費者行動論として発展してきたと認識しています。消費者の頭の中にあるイメージとしてのブランドであったり、消費者行動とブランドの関係であったり、特にそのあたりの研究が進んできました。
そのため、ブランドを資源と捉えるという話も、それを競争優位に活用するという戦略論の視点ではなく、あくまでマーケティング論的に理解しようという流れがあったように思います。この理解はその後も続いていて、現在もマーケティング論の共通認識になっていると思っています。
ブランドは資源の中でも、「非常に特殊な資源」と言えます。何が特殊かというと、「自社が持っていない資源でありながら、競争優位の基盤になる」という点です。マーケティング論での表現もいろいろなのですが、「市場ベースの資産」や「マーケティング資源」といった形で示されてきています。
水越 これまでのラウンドテーブルで、繰り返し話題に上ったのが「ブランドは誰のものか?」という論点でした。ブランドとは「企業のもの」、あるいは「生活者のもの」と言える面もあれば、そうでない側面もあります。今風に言えば「共創」するもの、ブランドとはみんなでつくるものと言えるだろうと思います。
私自身、この点をもう少し上手に表現できないかとずっと考えていました。例えばブランドを擬人化してみる。「Appleさん」などと呼んでみて、人のような存在として捉えてみる。ブランドを企業や生活者とは別の独立した存在として考えるということです。
すると、Appleというブランドは「Appleさんのもの」であって、企業や生活者は、その関係者のような位置づけになるのではないかというわけです。
マーケティング研究で知られる神戸大学名誉教授の石井淳蔵先生は、「ブランドとは、ブランドらしさを巡って自転しているような存在である」とおっしゃっています。このニュアンスがまさに、「誰のものでもないけれど、企業にとって競争優位の源泉にもなり得る」という話に関連付けられるように思います。
例えばAppleは、スティーブ・ジョブズが創業したわけですが、だからといってジョブズにずっと依存しているわけではなく、少しずつその起源は忘れられ、経営者が代替わりする中で、「Appleとは何か」ということも変わってきています。この「変わっていける」という点が、Appleというブランドの強みや、競争優位の源泉にもなっている、そう捉えることができます。
水越 「ブランドとは〇〇である」を上手く表現できる言い方は何だろうかと、色々と思いめぐらせました。ブランドは人間や生物のあり方よりも秩序立っているので、「システム」として捉えることも可能ではないかと考えました。
ただ、一般にシステムというと非常に機械的で、コントロールされているものというイメージがあります。ブランドには一方で人間っぽさや生物的な要素もあるので、「自生的なシステム」と捉えるとよい気がします。
自生的システム(オートポイエティック・システム)というのは、システムの構成要素を自ら生成していくようなシステムのことで、生態系であったり、ある種の社会システムであったりを捉える際に用いられる概念です。
ブランドに結びつけてみると、コミュニケーションのあり方や、企業やユーザーの行動を特定の方向に導いていくような仕組みが機能していることが、ブランドの一つの特徴だと思います。AppleであればAppleらしい方向に自然と導いていく、というように。この点が自生的システムっぽいところです。今まで議論してきた「エコシステム」もこれに近い考え方ですが、広めの概念でもあります。これに対して、「自生的システム」は、ブランドの機能により焦点を当てた捉え方になると思います。
システムという表現を使った場合、例えば経済システムや法システムは、非常に強いシステムだといえます。経済システムでは「お金を払うor払わない」という形でコミュニケーションや行為が方向づけられています。同様に法システムの場合は、「合法or非合法」というだけでコミュニケーションが規定されます。これらのシステムに比べると、おそらくブランドはだいぶ弱いシステムだと思いますが、似たような側面もあります。
例えば経済システムの場合、市場(いちば)という場所や、会社という組織を設定することで、コミュニケーションの方向づけがぐっと強まります。これらをどう設定するかが、マネジメントの対象になってくると思います。企業がブランドをどうマネジメントするのかを考える際にも、ヒントが得られるのではないかと思いました。
話をまとめると、ブランドを「自律した人間的存在」と捉えてみる、あるいはコミュニケーションや行為をそのブランドらしさによって方向づける「自生的システム」と捉えてみる。そうすることで、「ブランドで/をトランスフォーメーションする」というBXの本質がより深く理解できるのではないかと考えました。
そのブランドなのだから、こんな商品を出すべきだとか、企業としてこういう振る舞いをしないといけないとか。そんな方向づけをするものとしてブランドを考えることによって、これまでのBXの議論がもう少し整理できるのかなと思っています。
山野井 まず重要な指摘だなと思ったのが、ブランド「で」トランスフォーメーションするのか、ブランド「を」トランスフォーメーションするのか、というところです。たしかにこれまでの議論でも、両者が混在していて、この2つをしっかり区別することで、BXを考える上での議論が明確になりそうです。あるいは、2つの相互作用もあるかもしれないですね。ブランド起点で何かをトランスフォーメーションして、その上でブランド自体も変わっていくというサイクルがBXなのかもしれないなと、ちょっと思いました。
もう一つ、結局ブランドって何なのだろうというのも重要な論点であるのは間違いないですね。私自身は、ブランドとは、組織のイメージを資産として扱える形にしたものだと思いました。「組織のイメージ」と「ブランド」というのは切っても切り離せない関係にあります。企業が、自社のイメージをすべて伝えることは難しいですが、その手段としてブランドがある。ブランド名やトレードマークなどを使うことで、自社のイメージを自社の製品に載せることができているのではないかなと。
イメージの方が上位概念ですから、それを実際に扱えるような形に転換したものがブランドではないかと私は考えています。
宮澤 山野井先生のご指摘に重なりますが、やはり論点になると思ったのは「ブランドで」と「ブランドを」の議論ですね。博報堂の中で最初にBXの概念を考えたとき、我々の間でも議論になりました。最初は「ブランドで」の方が大きかったのですが、議論を重ねていくと「ブランドを」の方が深まってきて。「ブランドで」の方は企業が活用できる手段という位置づけで、「ブランドを」の方は、そのブランドがどうなったかという結果論になっている気がしていました。どちらが大事というよりも、ブランド論とは手段でもあり結果でもあって、その両方を作るのがBXの目的ではないかとも考えました。
それと、「ブランドで」の視点はおそらく企業が主体になっていると思います。それに対し、「ブランドを」の方は生活者にとってそのブランドはどんな価値があるか、という論点に関わってきます。その企業にとっての価値と、生活者にとっての価値。この双方を考えていくという意味でも、「ブランドで」と「ブランドを」の両方を高次に昇華していくのが、BXの一つのポイントなのかなと改めて感じました。
また、自生的システムは、うまくいろいろなことが融合された言葉だと感じました。今、生活者以外のステークホルダーも結構増えていて、そういう人たちがBXにどう関わってくるのか、どういう形で自生的システムに参加することになるのか、そのあたりも議論できたらと思いました。
岩嵜 これまでのラウンドテーブルの議論は、そもそもブランドの価値とは何か、ブランドの社会的な役割って何だろう、といったことを改めて考えるきっかけになりました。
D2Cの話はあまり議論にのぼりませんでしたが、あれはブランドとビジネスの非常に高度な融合だと私は捉えています。デジタルが前提になっていて、コミュニケーションもコミュニティ要素も盛り込まれていて、ブランドとビジネスが切っても切れない関係になっている。非常に現代的な事例だと思っています。D2Cのようなケースも含めて、ブランドが今どういう状況にあり、どんな新しい可能性があるのかという議論がすごく重要ではないかと思いました。
それと、水越先生がおっしゃった、「システム」としてのブランドの捉え方に関して。デザインの世界で今、システムのデザインが盛んに議論されています。そこで注目されているキーワードが「インターベンション」(intervention、介入)。元々はシステム思考から来ていて、システム思考とデザイン理論を繋げる「トランジションデザイン」という概念を提唱している研究者がいて、そこでなされている議論です。インターベンションを簡単に言うと、システム全体をデザインするのではなく、どこかのツボを押すようなイメージなんです。このツボを押したらシステムがうまく回り始める、みたいな。ブランドとシステムを結びつける議論にも、親和性がありそうだと思いながら伺っていました。システムとしてのブランドってどうデザインできるのだろうという議論も展開できるのかなと思いました。
本條 ブランドマネジメントの可能性について、色々と考えさせられました。スライドの中に、企業と生活者の間にブランドがあるという図がありましたね。企業は生活者をコントロールできないという前提で何らかの働きかけを考えるということがマーケティングの基本としてあります。ここで企業と生活者の間にブランドがあるなら、生活者とともにブランドをマネジメントすることをきっかけにした働きかけを行える可能性があるのではないかと思いました。ブランド「で」トランスフォーメーションするという話になります。
そして、ブランドマネジメントは科学にすることができるのではないか。自生的システムのお話から、そんな予感を抱きました。設定した特定の目的を実現するためのメカニズムを科学的に研究する学際的分野として、サイバネティクスというものがあります。サイバネティクスは制御工学と通信工学を統合することでデジタルテクノロジー発展の礎になったのですが、目的の実現を目指す観察者を顕わに含んだシステムを扱うセカンドオーダーサイバネティクスの研究が、オートポイエティック・システム、つまり自生的システムの概念を生みました。ブランドを自生的システムとして捉えることにより、科学的に扱える可能性は大いにあります。
また、「Design Research as a Variety of Second Order Cybernetic Practice」という論文が出版されるなど、デザインリサーチをセカンドオーダーサイバネティクスの実践として捉える研究潮流があります。デザインリサーチをブランド構築のために行うことが、まさに「ブランドマネジメントを科学にする」ことの実践になっているかもしれないと思いました。ブランド「を」トランスフォーメーションするという話ですね。
杉谷 全8回のBXラウンドテーブルを通じて、みなさまと議論させていただいたBXという概念を、これから産業界にどのように示していけるだろうかと考えたとき、二つ思うことがあります。
一つは、BXによって、ブランドという概念に対する一般的な誤解を解くことが出来るのではないか、という期待です。以前もお話ししましたが、ブランドというといわゆるラグジュアリーブランドだけを想起したり、あるいは製品を高く売るために付加するものだと思われていたり。一般社会でのブランド概念に対する理解と、研究者やコンサルティング実務に携わっている方々の理解との間には、かなり乖離があるなと感じていました。BXという概念を提唱し、そして普及させることで、改めて、ブランドという概念への真の理解が広まっていくのではないかと期待できます。
もう一つは、「顧客志向」と「パーパス」の関係についてです。これまでマーケティングでは顧客志向が強調されてきました。しかし、過度な顧客志向が導く悪い例として、顧客が安い商品を求めた結果、途上国の生産者の利益が損なわれてしまうケースなどがよく指摘されます。このようなケースを防ぐためにも、パーパスドリブンなブランドの考え方が重要になると思います。たとえ顧客が安さを求めても、自社のパーパスに照らしてフェアトレードは不可欠である、だからこれ以上は安くはできない、というように。
そのような観点から、BXにおける「パーパス」という視点は、ブランドを大きく変えていこうという積極的な提案になっていると思います。水越先生がまとめて下さったお話をうかがいながら、そんなことを思いました。
岡田 ありがとうございます。それでは全体ディスカッションに移りたいと思います。今日は水越先生から、3つのディスカッションテーマを提示していただきます。