全9回の「BXラウンドテーブル」に参加された5名の研究者の方々に、それぞれの専門の観点から、BX(ブランド・トランスフォーメーション)に対する考えを寄稿していただきました。
本稿はBrand Transformation (BX)が有する経営にもたらす意味を経営戦略論ならびに組織行動論の観点から考察するものである。議論を展開するにあたり、BXが指す対象を明確にしたい。BXとは、外部環境に応じた企業のミッション・パーパスの変更に基づく企業戦略・組織形態・企業内外のステークホルダーとの関係性・資源ポートフォリオの総合的変化と捉えられよう。企業の究極的目的と存在意義を表すミッションとパーパスは、企業の目標やその達成手段を規定する役割を果たす。組織形態や企業のステークホルダーとの関係性は、企業の戦略の達成のために最適な様態を取るように設計され、企業の経営資源・組織能力は、企業の取る戦略を実行できるようにその組み合わせを構成される。以上のように、BXは、企業の局所的変更ではなく、企業の大本から末端までの変容とみなすことが可能であろう。
このような大規模な変容であるBXを経営戦略論の観点から分析するに、その経営における意義は主に3つの側面で存在しよう。第一に、外部環境に適応する形での企業の全社戦略並びに事業戦略の再定義の側面である。企業の外部環境を考慮してBXにより企業のミッション・パーパスが変更されるのであれば、それを達成するための手段である全社戦略と事業戦略も同じく変化しうる。全社戦略に関しては、変更されたミッション・パーパスの実現に寄与するように既存事業の縮小と新規事業の設立に伴う事業ポートフォリオの変化が発生する。その際に、各事業間の関連性を確保し、範囲の経済性を実現する形での事業の再構成が求められる。同じく、各製品事業における事業の進め方である事業戦略も、ミッション・パーパスに適する形での変更が起こりうる。商品・サービスの内容が変化し、さらにその供給の手段がサブスクリプション型のような形に変化した場合、事業戦略における顧客の対象(where)と遡及の方法(how)が変化する。この全社戦略と事業戦略の再定義の文脈において、BXによるミッション・パーパスからの総体的な企業の変革が大きな意義を持つ。例えば、全社戦略において、事業間の関連性を高めるためには事業間での共通特性やリンクが必要となるが、そこで企業の掲げるミッション・パーパスに対しどのように個々の事業が貢献するかを考察することで、技術や製品市場の観点を超えた事業間の関連性が明らかになりうる。同様に、事業戦略においても、ミッション・パーパスの差別化の源泉となりうるかもしれない。一企業の経済的価値を超えて、社会により大きな価値をもたらすようなミッション・パーパスに基づいて事業を展開することで、生活者はその企業の製品を利用することにより大きな価値を見出すこととなり、製品差別化の源泉となりえよう。
第二に、BXにより企業外部のステークホルダーが有する企業へのコミットメントが変化する可能性である。ステークホルダー理論によれば、企業の存続はステークホルダーからの資源の供給に依存する。企業から十分な報酬を与えられない場合、ステークホルダーは当該企業に資源の供給をやめることとなり、企業はその存続がかなわない。そのステークホルダーが考える報酬のひとつとして、企業の存続が自身の目的の達成に合致することがあげられる。BXはミッション・パーパスの変更を内包しているが、新たなミッション・パーパスの達成に価値を見出す新規のステークホルダーによる企業へのサポートとコミットメントが望めるかもしれない。一方、変化したミッション・パーパスとの既存のステークホルダーが支援を取りやめ、資源の供給をやめる可能性も存在しえよう。
第三に、BXが有する経営資源の組み換えの側面である。BXに含まれるコミュニティとの関係性の変更や人材・組織の改編などにより、企業が有する価値ある経営資源である人的資本やブランド、カスタマーロイヤリティの再構成が行われる。同じように、ミッション・パーパスの見直しにより、企業に根付いた価値観という模倣困難な経営資源も変化するかもしれない。経営資源を組み合わせて、それを利用することで企業の持続的競争優位が実現されるため、BXは企業の持続的競争優位の再構築に直結する可能性がある。
さらに、組織行動論の観点からみると、BXの重要な意義は2つある。ひとつは、BXによるミッション・パーパスの変化が、従業員への新たな動機づけとして機能する可能性である。個人の動機づけには、大きく分けて外発的動機づけと内発的動機づけがある。外発的動機づけは、個人が課業を達成することで与えられる金銭や地位の向上など、外部からもたらされる報酬を期待した動機づけである。一方、内発的動機づけは、個人が課業を達成することによる喜びを目標とした動機づけである。一般的には、内発的動機づけは、外発的動機づけよりその強度は高いとされている。BXにより、企業のパーパスがより社会的に価値を生み出すと従業員に感じられるものに変更された場合、そのパーパスに共感する従業員はより強い内発的動機づけを得ることで、高いモチベーションが引き出され、組織に強いコミットメントを抱き、高いパフォーマンスを上げることが可能になるかもしれない。
組織行動論の観点からみたBXのもうひとつの重要な意義は、BXによる従業員と組織のフィットによる組織コミットメントの向上が挙げられる。組織コミットメントとは、従業員が抱く組織に留まりたいと思う欲求である。その組織コミットメントを構成する要因として、感情的コミットメントが存在する。感情的コミットメントとは、従業員が現在の企業に愛着や一体感を抱くことに由来する。従業員の有する企業への愛着や一体感は、BXにより企業のミッション・パーパスが変化することで、変化しうる。結果として、BXは従業員の組織コミットメントに影響を与える。仮に従業員が過去に抱いていた企業への一体感を包含するような形でミッション・パーパスの刷新が行われれば従業員の組織コミットメントは減退しないであろうが、今までのミッション・パーパスとは真逆のような、企業への一体感を失わせるような形での変更が行われれば、従業員の組織コミットメントは減退し、企業における非生産的な行動や果ては離職を誘発するかもしれない。
最後に、BXの遂行にあたり、経営戦略論ならびに組織行動論の観点からの留意点を挙げたい。第一に、ミッション・パーパスとの不一致な企業活動が発生しないように留意しなければならない。そのような事態はミッションドリフト(mission drift)と呼ばれ、企業のミッション・パーパスを信頼し、支援を行っているステークホルダーにとって、混乱と不信を引き起こす可能性がある(Grimes et al., 2019)。それを避けるために、ミッション・パーパスの変更を大本とし、それに適合するように再構成を行う総体的な変化が求められる。例えば、企業のミッション・パーパスにサステナビリティを第一に掲げるようにするのであれば、企業は当然、自社製品を提供する際には、そのリサイクルやリユースを展開することがミッション・パーパスと企業活動との一致を示すことが可能となる。さらに、製品のリサイクル・リユース事業を展開するにあたり、自社製品の修繕のみを受け付けていては社会全体のサステナビリティの観点からみれば十分ではないとステークホルダーに判断されるかもしれない。ミッション・パーパスと企業活動との一致の観点では、他社製品についても修繕を受け付けることで、社会全体のサステナビリティの促進につながるためである。BXでは、ミッション・パーパスと企業行動における一致を第一義としてそれを実行すべきであろう。
第二に、BXの遂行に当たっては、従業員を含む多くのステークホルダーの参加を促す形が望ましい。BXでは、ミッション・パーパスの再定義から始まり、組織・人材や生活者・コミュニティとの関係性の再構成など、企業内外のステークホルダーとの関係性を改めて問う課題が扱われる。その結果として、今まで企業に支持を与えていたステークホルダーにとって許容しがたい企業の変革が選択されてしまい、当該のステークホルダーからの支持が失われる結果となるかもしれない。重要なステークホルダーからの支持を維持し続けるために、ステークホルダーを巻き込んだ形でBXを実施し、自身の意見がくみ取られたとステークホルダーが理解するような配慮をすべきであろう。
参考文献
Grimes, M. G., Williams, T. A., & Zhao, E. Y. (2019). Anchors Aweigh: The Sources, Variety, and Challenges of Mission Drift. Academy of Management Review, 44(4), 819–845. https://doi.org/10.5465/amr.2017.0254