第7回のゲストは、経済学者で静岡県立大学学長の鬼頭宏先生です。『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫)や『2100年、人口3分の1の日本』(メディアファクトリー新書)など、経済学を基点に、歴史学、歴史人口学の分野に造詣の深い鬼頭先生と、かつての日本における未婚者の実態やライフサイクルの変遷、人口減少という課題を抱える日本がこれから目指すべきことなどについて、語り合いました。
前編はこちら。
鬼頭:いわゆる伝統的な家族像が庶民の間にも広がっていったのが17世紀として、戦後の高度経済成長の時代からのこの半世紀は、さまざまな変化がいろんな形で起きている時期。それから寿命が延びたというのも大きな変化の一つです。僕が生まれた年というのは、平均余命が男女ともにやっと50年になったところでした。
荒川:日本は長寿国家というイメージが定着していますが、昔から長寿だったわけではないんですよね。戦後、たった30年間で倍に延びて、他国をごぼう抜きにした。
鬼頭:そうです。この「平均寿命と完結出生数」のグラフを見ていただくと、寿命の長さと合計特殊出生率にきれいな相関がありますよね。寿命が延びると出生率はどんどん下がってくる。37、38歳くらいの寿命のときを見ても、子どもの死亡率が高いので6人くらい産まないと維持できなかった。逆に言うと、子どもが死ななくなってきたから出生率が低くても大丈夫で、子どもも産まなくなってきているんですね。人口維持という観点で見ると。
荒川:これは面白いですね。
鬼頭:一方こちらは「生存率の比較」グラフです。何歳の時にどのくらい生き残っているかを示しているのですが、縄文時代などの数値はあくまでも参考程度に見るとして、江戸時代から大正の終わりくらい、つまり昭和の戦前期は、ほとんど変化がない。この時代に多くの規範がつくられているわけで、現在ではだいぶ尺が合わなくなってきているわけです。
荒川:本当ですね。2015年の数値を見ると、ゼロ歳から15歳までほとんど死ななくなっている。これのおかげで男が余ることになるんですよね。男は女より毎年5%くらい多く産まれているので。僕はそれを「男余り現象」といっていまして、現実には20~50代未婚男女で300万人も男が多いんです。
これがもっと深刻なのが、今の中国ですよ。一人っ子政策の結果、男余りが3000万人とも4000万人とも言われています。
鬼頭:そうですね。韓国も出産前の性別がわかるようになってから、人工妊娠中絶で女の子をおろしていた時期がありましたから、かなりアンバランスな比率だそうですね。
荒川:実は『超ソロ社会』は他国語でも出版されることになっているんですが、特に関心が高いのが中国と韓国です。「自分たちの国も間もなく超ソロ社会になる」と、自分事として危機感を覚えているようです。この3つの国には、女性が自分よりも給料や学歴が高い男性を選び、男性はその逆という、上方婚と下方婚の傾向が共通しているんです。
鬼頭:なるほど。以前読んだ本で知ったのですが、台湾でも女性が一人でも生きられる社会になったので、男性が相手を見つけられないと。その男性はどうするかというと、海の向こうの福建省からお嫁さんを連れてくる。福建省の男性はどうするかというと、さらに西の辺鄙なところから嫁をもらうんだそうです。日本にも「嫁、川を下る」という言葉があるそうで、女性は川下の豊かな田んぼがあるところ、あるいは町に嫁いでいき、村の男は取り残されてしまうそうです。
荒川:世界的に見ても、どうしたって男性はあぶれるようになっていますからね。
鬼頭:それから、江戸時代の日本でいうと、結婚して10~20年くらいで男女ともに同じくらいの割合で死んでいる。20歳で結婚したとするとだいたい30~40歳くらいのころということになります。40歳過ぎですと、今と同じで夫が先に死ぬというパターンが多いのですが、それより前を見てみると、離婚と妻の死亡で結婚解消となっているケースがずっと多い。妻の死亡の多くは明らかに出産によるものですね。
荒川:当時は、女性にとって出産は命がけだったわけですよね。
江戸時代の農村では結婚しないと農家を運営できなくなるので、おそらく再婚活動も活発だったでしょうね。
鬼頭:そうですね。農業労働、家事、育児、いろんな面で女性の労働力が必要とされていましたから。ただ、年齢別の再婚率で見ると結構シビアですよ。この「年齢別再婚率」によると男性は30代前半まではほとんどの人が再婚していて、女性は30歳まで。それを過ぎるとどんどん再婚率は落ちていき、30代後半になるとほとんど再婚しなくなる。子どもが十分成長していれば労働力もまかなえるので、それも再婚率が低い理由でしょうね。
荒川:アラフォー女子は再婚が難しいというのは、今と似ていますね。
あと、「結婚のライフサイクル」のグラフだと、1970年代ころの夫の老後期間がすごく短い。働くのを辞めてから、割とすぐに亡くなっていたんですね。
鬼頭:そしてこのころが、老後の妻の幸福度が一番高いという(笑)。
荒川:寿命が延びるのもあながちいいことばかりじゃないかもしれないですね(笑)。
荒川:学生さんたち、若い世代に対しては、どんなことを伝えられているんですか。
鬼頭:最近はもう授業はやっていないので、講演などでよく取り上げることを話しますね。
たとえば政府や自治体は出生率を上げて人口が9000万人くらいを維持できるようにしよう、と言っています。確かに努力をすればこういう結果になる、という計算自体は間違っていないんだけども、私が問題だと思うのは、これに合わせてGDP600兆円も目指すと言っていて、そのときにどんな社会になっているかということについてはまったく触れられていないことです。インダストリー4.0だとか、Society5.0だとかのキーワードは上げていますが、いずれも技術と経済の話であって、どんな社会でどんな人間関係があって、どんな人生を過ごすようになるのかということがほとんど語られていない。やはり必要なのは、今起きている変化を素直に受け止め、来るべき未来に何があるだろうか、ということを考える訓練をすることなのではないかと思うんです。そういう意味でも荒川さんの投げかけている議論というのは、とても良いエクササイズだと思う。
荒川:ありがとうございます。
鬼頭:これからは結婚する人もしない人も、いずれも快適に安心して過ごせる社会というのを考えなければならないはずです。今は、長寿になった後どうやって快適に、豊かに過ごせるかということと、地方の人口減少をどう食い止められるかということで躍起になっていて、どんなコミュニティを形成し、どういう風に人生を送り、どんな社会にしていきたいかという議論がなされていない。今必要なのはそこだと思うんです。
荒川:そうですね。ありがたいことに僕も講演をすることがありますが、聴衆に多いのは意外と60代、70代の方々なんですよ。おそらくその方々は、自分は一人では生きていけないだろうから真剣に考えないと、と思われている。そうやって危機感を感じて、意識を変えていくのは非常に大事なことだと思います。
鬼頭:そうですよね。65歳過ぎてから料理教室に行く男性が増えていると聞きますし、大学にしてもリカレント教育と言って、どの年齢になっても学び直しの機会が得られるようになってきています。単に人生が長くなっただけととらえるのではなく、質的にも、これまでとまったく違ったライフサイクルと人間関係を持った人類社会が今日本では生まれつつある、くらいの認識でいないといけないかなと思います。
荒川:本当にそうですよね。そしてそんな日本に、今世界が注目しています。
鬼頭:良くも悪くも日本は最先端を行っていますからね。日本は自前で考えないといけないことなんですよ。イギリス人の学者を呼んできて、100年人生、ライフシフトについて教えを乞うのもいいですが、すでにずっと前から、日本で議論されてきたことなんですよ。
荒川:先日もイギリスで「孤独問題担当国務大臣」が新設されたというニュースがあり、日本でも検討するか?という話が出ていました。我々はすぐに舶来のものを取り入れようとしますが、むしろ逆で、イギリスだって日本がこれからどんな社会をつくろうとしているのか、聞きたいと思っているはずなんです。日本は課題先進国として、そういうことを自分たちから積極的に発信していく責任があると思います。
孤独の問題に関しても、孤独が即悪いわけではなく、むしろ物理的に孤独な状態であったとしても社会的に孤立しない仕組みを整えるべきであって、それは決して無理やり集団生活を強制する話ではないと思うんです。単身世帯が4割だとしてもそれぞれが孤立していない社会こそ未来のあるべき姿なんじゃないかと。そのためにも、みんなが意識を変えていかないといけない気がしますね。
鬼頭:元に戻そうと抗うのではなく、変化に向き合い、受け入れる。その勇気が必要かもしれませんね。
1947年、静岡県生れ。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院博士課程単位取得退学。上智大学経済学部教授、同大学院地球環境学研究科教授を経て、2015年より現職。
主要研究テーマは、日本経済史、歴史人口学。著書に『2100年、人口3分の1の日本』(メディアファクトリー新書)、『人口から読む日本の歴史』(講談社学術文庫)、『愛と希望の「人口学講義」』(ウェッジ選書55)。
早稲田大学法学部卒業。博報堂入社後、自動車・飲料・ビール・食品・化粧品・映画・流通・通販・住宅等幅広い業種の企業プロモーション業務を担当。キャラクター開発やアンテナショップ、レストラン運営も手掛ける。独身生活者研究の第一人者として、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディア多数出演。著書に『超ソロ社会-独身大国日本の衝撃』(PHP新書)、『結婚しない男たち-増え続ける未婚男性ソロ男のリアル』(ディスカヴァー携書)など。