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音楽と生活者の変化を洞察 モノからコト、そしてトキ消費へ(後編)

2018.05.07
#トレンド#生活総研
INORANさんがエンドースメント契約を結ぶ、ギターブランド「Fender(フェンダー)」のショールーム「Fender Music Backstage」にて。右より今回取材にご協力いただいたミュージシャンのINORANさん、博報堂生活総合研究所の夏山明美。

今回の特別対談企画では、1989年 LUNA SEAギタリストとしてのデビューから音楽シーンの最前線で幅広く活躍されていらっしゃるミュージシャン INORAN(イノラン)さんをゲストにお迎えしました。「モノ」から「コト」、そして「トキ」へと移ってきた生活者の志向や変化の背景などについて、「トキ」を提唱する博報堂生活総合研究所の夏山明美研究員と語っていただきました。後編は「トキ」が、これからどこに向かっていきそうか、未来に思いを馳せらせます。(前編はこちら

フェスやライブが盛り上がる背景に非日常な「トキ」欲求

夏山:最近は一般人だけでなく、ミュージシャンやタレントの方もInstagramなどで日常を公開なさっていますよね。自分の日常の中に、憧れの人達の日常が入ってくるわけですけれど、それは本来、自分にとっては非日常なわけです。

みんなの中に「非日常欲求」があるとするなら、かつての非日常が身近になって、その欲求が満たされすぎているようにも思います。その結果、「もっと非日常が欲しい!」という思いがどんどん高まっていき、求められるようになったのが「トキ」なのかもしれません。目に見えるだけの日常にはない、日常の中にあるんだけど、その時でしか体験できない貴重な非日常。研究員であると同時に、いち生活者の私にもこうした欲求があるから、INORANさんのライブへ足を運ぶんだと思います。また、みんながフェスやハロウィンで見知らぬ人と記念撮影をして盛り上がったりするのも、こうした非日常欲求が背景にあるのではないかと思います。

INORAN:すべての「トキ」が非日常という土台の上にあるということですね?

夏山:フェスやライブ、ハロウィン以外にも「トキ」だと思う事例を分析すると、共通点がありました。それは、再現できない時と場がある、そこに参加する人がいる、参加した人の貢献によって盛り上がりや成果が生まれるといったことで、非日常な「運動体」といえるかもしれません。例えば、AKB48の総選挙も手法の是非はさておき、その「トキ」だけの再現できない場で、ファンの皆さんが参加することにより、投票で推しているアイドルの順位が変動するという成果が出ますよね。

あるいは、2011年くらいから盛んになってきたクラウドファンディングも、そのひとつだと考えています。そして、先ほどINORANさんが「置き去りになっているかもしれない」とおっしゃった夢や願いをクラウドファンディングに求める人もいるのかもしれませんね。誰かが夢や願いを立ち上げる、その想いに賛同する人はそこに参加することで一緒に夢や願いに向かっていける…
という意味で。

INORAN:そうですね。僕が話してきたことと、重なるところはたくさんあると思います。

ライブではファンのみんなと一緒にプレイしている感覚

夏山:これからは、クラウドファンディングのように仮想空間で人が集まる「トキ」が現れる一方、やはり「仮想ではワクワクしきれない」と、現実の「同じ時間・同じ場所」という「トキ」への欲求も高まる気もします。

例えば、6月にINORANさんも出演される『LUNATIC FEST. 2018』(※)でも、VIPシートのお客様は専用シートでライブを楽しめるだけでなく、ミュージシャンの皆さんと同じケータリングが食べられるとか、VIPシート限定のスペシャルプレゼントがもらえるとか、意識的に「トキ」の価値を高められているように感じます。

INORAN:そうですね。フェスやライブもそうだし、飛行機のビジネスクラスやファーストクラス、それにF1のパドックパスとか……対価に応じて、自分の実体験の価値を高めることができる仕組みがありますよね。僕もパドックパスでF1を観戦した後は、「また見たい!」って思いましたもん。

夏山:どんな体験ができるんですか?

INORAN:レース中にタイヤ交換をするピットの近くで観戦できます。そこには、各チームのテントが立っていて、お酒や食べ物も出て、ドライバーやチームのテクニカルディレクターも、そのあたりを歩いているんです。

これって、平たく言ったら、クラウドファンディングに近いんじゃないですかね? F1チームはそれで資金を集めていたりするわけじゃないですか。僕らからすれば、払ったお金でチームのお手伝いを担っているようなもの。飛行機も高いクラスの座席に乗るリピーターがいるし、それに応じて彼らのカードのグレードが上がっていき、プレミアムな空港ラウンジが使えるという仕組みがありますよね。

夏山:INORANさんのファンクラブも、ライブの参加数などに応じてポイントが貯まる仕組みがあるから、似ていますね。

INORAN:確かに(笑)。あぁ、でも、レストランも似てませんか。あの空間ではコックや店員が偉いわけでもなく、お客さんが来なければ成立しない。来店するお客さんが店の雰囲気を決めているわけで、装飾が決めているわけでもない。

そこには共有の関係……つまり、お互いへの感謝があり、その繰り返しが増えれば、絆も増えていく。それも料理を下支えする味のひとつですよね。

夏山:送り手に対する応援によって、送り手と受け手の距離感が近くなるという変化にも通ずると思いました。

INORAN:そうそう。音楽のライブでいえば、「一緒にプレイしている」という感覚ですよね。ライブってファンの人たちが来てくれなければできないし、同じグルーブはつくれない。極端に言うなら、会場によっても、お客さんの誰かが減るだけでも、全然違う形になる。生き物なんです。

夏山:2017年のソロライブ『INTENSE/MELLOW』ツアーをファンとして楽しませてもらっていた一方で、研究員として「トキだなぁ」と感じたのが、会場ごとに楽曲や構成を大胆に変えられていたことです。次に何がくるのか、ずっとワクワクしていました。

INORAN:ライブスタッフには迷惑をかけてしまうんですけどね(笑)。

昔、あるドラマーの先輩に言われたのが「その街なりのBPM(注:beat per minute:音楽で、楽曲の速さ/テンポを表す単位のこと)がある」という言葉です。東京と大阪を比べると、生活の速度は明らかに大阪が速いと思えるほど、住んでいる人や空気でテンポがちがう。そうすると、大阪では、逆に、ゆっくり演奏した方がオーディエンスの反応が良かったりする。街ごとのBPMは土地やライブ会場、天気や湿度でも変わるわけですから、その都度、自分の感覚を信じて、変えていきたいんです。

夏山:なるほど。INORANさんのライブでワクワクする理由のひとつをうかがえた気がします!

人々の希望になるようなヒーローが求められている

夏山:先ほど、私は今の日本の状況を「常温社会」と例えましたが、世の中にワクワクしにくい時代にみんなが求めているものは、大まかに言うと、希望なんじゃないかと思うんです。その点で、クラウドファンディングを始める人は、それぞれが希望を立ち上げているわけですよね。

投資する価値があると思えるものを創り出そうとしている人は、応援したいし、つながっていたいと思える。モノからコトへ、そしてトキへと人々の関心が変わる中で、ワクワクを求めるようになった気持ちの変遷とも重なっているようにも感じます。求心力があり、希望を見せる「ヒーロー」がもっと世の中にいてくれるといいと思います。

INORAN:希望って、未来だよね。だとすると、普通のミュージシャンというだけじゃだめで、人々の希望になるようなカリスマ性のあるミュージシャンが求められるわけだ。そういう意味では、僕も表現者のひとりとして、未来への責任は感じていますね。

だいたい、ヒーローってマンガでも何でも、常識を逸脱した存在なんですよ。バットマンなんか設定からしておかしいし、昔の政治家もそうじゃないですか。「バカヤロー!」って発言しちゃったり。

夏山:それこそ戦後70年以上経って、女性が専業主婦、男性は会社員として働くという、日本の暮らし方が、もう合わなくなってきているというのは、みんなが薄々感じていることで、そういう時代だからこそ、常識を壊してくれる人が必要なんだと思います。

ただ、今は同時に、ある意味でお互いをネットやSNSで見合っている、一種の監視社会になっているとも感じます。常識を逸脱して、出る杭になればなるほど目立ってしまう。

INORAN:それでも、希望はどこかにはあるし、ポジティブじゃないと生きていけないから。これは自分もできているかわからないことだけど、みんなもまずは「人には笑おうよ!」って思う。笑い合うのは普遍的な価値があることだから。

リセットすることで、人は変わっていける

夏山:まさに、INORANさんはミュージシャンとして、音楽で希望を紡いでくれていると思います。INORANさんがヒーローで、そのヒーローに賛同する私たちファンが、「チームINORAN」という運動体に参加している…。INORANさんの活動そのものが「トキ」ですよね。6月に開催される『LUNATIC FEST. 2018』が間近ですが、意気込みをぜひ聞かせていただけますか?

INORAN:みんな本気でやっている人たちで、自分たちもリスペクトしているバンドばかりが集まっているので、刺激をもらったり、気づかされることも多いと思っています。そんなことを期待しつつ、自分が今まで音楽からもらった感謝や経験も込めつつ、オーディエンスのみんなにもいろんな刺激や気づきを感じてもらえるような素晴らしい2日間にしたいですね。

さらに言うなら、X JAPANさんがいたから、僕らがいて、さらにGLAYがいて…と脈々と川のようにつながっているものを感じられるようなフェスになるんじゃないかとも思います。僕らとは異なるジャンルの出演者もいますが、それも絶対にどこかでつながっているものだから。そういう意味でも楽しみですね。

夏山:LUNA SEAでの活動だと、デビューからもうすぐ…。

INORAN:来年で30周年ですよ。 バンドというものは誰かひとり、メンバーが欠けるだけでも、これまでの形は変化するに違いない。逆に、前向きに考えるとするなら、変化するものであって、変化するべき。そして、自分がその場所にミュージシャンとして立てるか、提供できる空間があるか…というように、これからも考えていきたいですね。

毎朝、「生まれた!」

INORAN:最近、僕は朝起きた時に、「おはよう」じゃなくて、「生まれた!」と思っているんですよ。「俺は今日も生まれ変わった!」って。毎朝、言葉にするわけじゃないけど(笑)。

夏山:ご自分の気持ちの中で、ですね。

INORAN:そんなふうに、良い意味で「リセット」って言葉を使えると、変化に対しても良いのかなと思いますけどね。だから最近は、いただくオファーも「こんな機会はない、何か意味があるはず」だと思って、あまり断ってないんですよ。偶然と必然じゃないですが、こうして対談していることも変化に前向きな成果だったりするわけじゃないですか。

夏山:確かに、音楽業界の方、しかも最前線でご活躍のミュージシャンの方に、私たちのような研究員が「トキ消費について、うかがいたい」と不躾なお願いをするのは、初めてのことです。でも、INORANさんになら、きっと素晴らしいお話をうかがえるとでう思い、思い切ってお願いしました。思った以上でした!すごく刺激になる、多方面にわたる、深いお話をうかがえ、光栄です。最後に、変化に対して前向きなINORANさんに、今後、やってみたいことをうかがってみたいと思います。例えば、うちの研究所の客員研究員とか、どうでしょう?(笑)

INORAN:いいですねぇ~、研究員。やりたい!やりたい!まずは1ヶ月くらいから、トライアルしましょうか(笑)。あとは…コメンテーターや俳優、気象予報士にもチャレンジしてみたいな。でも、まずは、研究員としての契約書を送ってもらうことからかな…(笑)

※LUNATIC FEST. 2018

2018年6月23日(土)・24日(日)、幕張メッセにて開催される、LUNA SEA主宰の“最狂のロックフェス”。LUNA SEAに加え、LUNA SEAと親交のある豪華アーティストが多数出演する。現在特設サイトではチケットHP2次先行を受付中。
【LUNATIC FEST.特設サイト:http://lunaticfest.com

INORAN(イノラン)

1989年 LUNA SEAギタリストとしてのデビューから音楽シーンの最前線で、国内外を問わず活躍中。1997年にソロ活動も開始し、最新アルバムは昨年発売の『INTENSE/MELLOW』。エンドーストメント契約を締結するギターブランドFender社から日本人初のシグネイチャー・ジャズマスターを発表したり、世界的に有名なプレミアム・テキーラ・ブランドとのコラボレーションを発表するなど、幅広く精力的な活動を続けている。

夏山 明美(なつやま・あけみ)

博報堂生活総合研究所 主席研究員
1984年博報堂入社後、主にマーケティング部門でお得意先企業の各種戦略立案や調査業務を担当。2007年より現職。現在は、独自調査の企画管理、生活潮流の研究のほか、グループマネージャーとして全研究のプロデュースも行う。

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