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移動(モビリティ)が生みだす新たな都市生活(アーバニズム)
〜モバイルハウスをDIYする創作集団『SAMPO』との対話〜
「生活圏2050プロジェクト」 #08(後編)

2019.08.26
「モバイルハウスは都市をつくる最小限のアーキテクチャー(基礎構造)だ」。そんなSAMPOのメッセージは、これまでの都市空間のあり方に大きなクエスチョンを投げかける。これからの時代に、人が集まる場所とは? それぞれの人が居場所(プレイス)と感じられるまちの姿とは?
近著「ストリートデザイン・マネジメント~公共空間を活用する制度・組織・プロセス」を通して新しい都市デザインの方法論を提唱する、横浜国立大学助教・三浦詩乃さんをゲストに迎え、「移動(モビリティ)が生み出すアーバニズム」について考えます。人口減少社会における新たな生活文化と経済(エコノミー)の創出を構想する「生活圏2050プロジェクト」。プロジェクトリーダーを務める博報堂クリエイティブ・プロデューサーの鷲尾和彦が、既に今各地で始まっている新しい生活圏づくりの取り組みを伝えます。

モバイルハウスは、都市をつくる最小限の「アーキテクチャー」

塩浦:
僕たちがモバイルハウスがいいなって思っていたり、それを都市をつくるアーキテクチャー(基礎構造)だって思ったりしているのは、やっぱりこれまでの都市計画に対する疑問というのがあるんですよね。僕らは最初から「計画」するってことは、あんまりいいことじゃないなって正直思ってて。もちろん公共空間、道路を上手に接続することで都市の状況を改善させていくということは重要だと思うのですが、その街が魅力的になっていくのって、結局人の記憶や経験が蓄積して何十年もかけて魅力的になっていくってことじゃないかなと思う。ロンドンでも、パリでもそう。モバイルハウスって、人と記憶とコミュニティーごと一緒に動かすことができる「媒体」だと思うんです。不動産がその媒介だったら、もしもそれが取り壊されたりしたら、全てが一瞬で無くなってしまう。それは誰にとっての街なのかわからなくなってしまう。

鷲尾:
主観的な情報はむしろ排除して、客観性のある、もっとも効率的に使えるための原理を抽出していこうとするのが、これまでの都市計画の基本的なスタンスだった。

三浦:
今までの計画論はそうでした。シミュレーションやモデル化して、その原理を抽出していこうとして来ましたね。それだと、やはりどうしても画一的なものになって行かざるを得ないのは確かです。駅前開発とか、全国どこも同じような風景になってしまった。その結果、個人の主観や記憶が蓄積していくような場所、人の居場所がなくなってしまった。まさしくそう思います。
ただ、今それに対して、主観を記録するデータ重視の発想から変えていこうとする動きが生まれているのも確かです。例えば、「プレイスメイキング」と呼んでいるムーブメント。多様な人のアクティビティを支えたり、その人たちが居場所だと感じられる場所をつくっていく。誰のものでもない「スペース」ではなくて、居場所としての「プレイス」を志向していこうとする取り組みです。

鷲尾:
賑わいやイベントスペースではなくて、多様な人が関わりを感じられる「居場所」をつくろうということですね。

三浦:
そのときに大事になるのは、やはり、その人の個人的な「経験」や「記憶」なんですね。そして、その空間にどんな意味や文脈があるのかということを捉えていくことです。例えば「プレイスメイキング」を実現するためのひとつの手法として、街の中から直感的に「なにかいいな」って思える場所をマッピングしていき、様々な街の人たち同士の中で重なったところを選んでいって、そこから少しずつ空間の在り方や改善の方法を考えていき、街全体の中に「プレイス」を広げていこうとする方法があります。このアプローチは、計画論というよりも実践知なので、どこまで空間デザインの理論として整理していけるかはまだ課題ですが、ただもう実際の街づくりの現場では、とても重要なアプローチになってきている現実があります。この「プレイスメイキング」にある思想って、SAMPOの活動と非常に通じるものがあると感じています。

塩浦:
僕たちは実際に都市の中で、あるいはモバイルハウスをつくるプロセスを通して、実際の人と関わりながら、そんな「プレイス」を作ってきたわけです。体感値が非常に高いから、そうした新しい研究テーマやデザイン手法とも擦り合わせていくことができるんじゃないかな。

三浦:
とてもそう思いますね。

社会包摂力の高い都市が発展する

鷲尾:
三浦先生がおっしゃった「プレイスメイキング」をはじめ、公共空間のあり方を考え直そうという取り組みがいまとても盛んになっています。例えば、欧米では1980年代以降、都市再生の大きな潮流の中で、公共空間の再生や、自家用車から公共交通機関へのシフトが進められてきました。環境改善という課題もありますが、そこでとても重要だったのは、グローバル経済の進展の中で生まれてしまった社会的格差の拡大をどう食い止めていくかという課題でした。都市のオープンスペースは、お年寄りも、低所得者層も、移民労働者も、いろんな状況にいる人たちが唯一共存できる都市空間です。とても安い運賃で誰もが公共交通機関が利用できたら、それはそうした多様な市民の活動を支えることができるわけですよね。社会参加や自発的な経済活動の機会を促すことにつながる。それは結果的にも、都市経営とその持続的な発展につながる。それが欧州の都市再生戦略でした。公共空間や公共交通は、社会の包摂力を上げるための手段として位置付けられている。そのことで輸入依存型ではなくて、内発的な発展性を高めていこう、そんな社会のかたちに作り直していこう、つまりそこには「システムチェンジ」の発想があったと思うんですよね。

三浦:
社会包摂性と経済性や、都市の発展とは決して矛盾するものではない。それは今後の日本では、ますます重要な視点になっていくと思います。メンタルヘルスに配慮し、そして社会的疎外をどういうふうに無くしていくことができるか。どのような都市空間ならば、それが可能なのか。とても大きなテーマです。
そのとき、ひとつ重要だと思っているのは、個人のプライベート空間とその外にある公的な空間の「つなぎ目」となる領域のデザインです。個人がそのプライベートな領域から、どう一歩足を踏み出せるように誘導していくか。その時に、パブリックスペース、建築物のファサード、あるいは公共交通機関はどのような空間であればいいのか。個人の活動をどのように外へと開いていけるのか。その個と公との「境界」のデザインが鍵を握ると思っています。

鷲尾:
モビリティ、そして移動空間は、まさに個と公との「境界」にあるものですよね。

三浦:
そう思います。だから、SAMPOのように「モーメント」で捉えることが非常に重要だと思います。しかし最近の「自動運転車」の動向を見ていると、やっぱりこれまでと同じようなスケール感で考えているなと感じますね。
「動くリビング」というコンセプトとかも多いと思いますが、じゃあそのリビングって誰のためで、誰がつくるのかと考えると、結局それも利用者像が既定されていて、これまでとあまり変わらない。どこか画一的な話になってしまっている気がします。その中の空間とか、その中のライフスタイルまで変わるとかっていうところまではあまり考えてない。
他にも「余った空間が活用できますよ」とか「新しい移動体の集まる駐車場にすれば、新しい不動産価値が生まれますよ」って話もよく聞くのですが、では実際にどのようにして、さきほどの欧州の都市再生のように、誰もが活動しやすい都市空間にしていこう、都市全体のアクティビティを豊かにしていこうという発想にはなってこない。

解像度の高い体験を作り出すこと

村上:
これは僕が生まれる随分前の時代なんですが、1980年代とかみんなが車を買ってた時代ってありましたよね。僕らが今やってることって、ちょっとあの時とちょっと近いかもしれないなあと感じることがあります。例えば、当時のクルマの広告とか見てるとそう思う。あの時は「モーメント」だらけだったように思う。例えば「妹は二十歳」ってコピーとか。あれは「モーメント」からしか生まれない発想ですよね。今はあまりそういうのって感じられないのは、何故だろう。

鷲尾:
以前、スポーツタイプの自動車の広告をつくったことがあるんです。「若い人がスポーツタイプのクルマを買わないからどうしたらいいか」って課題。その時、僕が言ったのは「映像のギミックで見せてもそれは難しい。足りないのはストーリーなんだ」ってことでした。それで考えたのは、車の中でカップルが朝から晩までハンバーガー食べたり、キスしたり、音楽聴いたりするだけのCMや短編映画でした。米国人の映画監督を口説いて一緒に作りました。彼は映画の中で古い日本車を使った映画をつくってたから、きっと分かるだろうなって思って。

塩浦:
それ、そのまんま「MOC(モバイルセル)」じゃないですか。

鷲尾:
「モーメント」だけでつないだ映像ですよね。当時は長尺の映像をつくるとか、広告の手法が斬新だっていわれたけれど、でも実は手法から考えたわけでもない。それは必然でしかなくて。でもこの「モーメント」って、本当はモノそのものが体現すべきなんですよね。これは少し後になって感じたことなんですが。

塩浦:
よく分かります。僕たちも「MOC(モバイルセル)」や「HOC(ハウスコア)」の使われ方は多岐に渡った方がいいと思うし、その発想を使ってビジネスをしようという人が出てきてもいいと思うんですね。表層だけ真似られても別に構わない。それは止められないし。でもどんなきっかけであれ、モバイルハウスを使い始めた人たちが、「あれ、家ってなんだっけ?」「街ってなんだっけ?」ってそんな疑問を持つようなことが広がればいいんじゃないかなと思う。大切なのは、そんな問いが浮かんでくるような構造があらかじめデザインされているかどうかだから。モバイルハウスを使う人たちが少しずつ増えて、それで街が変わって、僕や友達たちの生活が少しずつ変わっていけばいい。文化ってそうやって生まれていくんだと思うし。もちろん、僕たちはその一番解像度の高い体験を作らなければならないんだけど。

村上:
実は、僕たちの「MOC(モバイルセル)」のサイズって、千利休の一来亭と偶然同じだったってことを発見したんです。
茶室って空間は、最小限の空間に徹底して個人のスタイルを選びぬいて作り出していくものです。だからそこに他者を招き込んで高度なコミュニケーションが生まれる。その対話が文化になっていったわけですよね。しかも世界に誇れる日本最強の文化に。

塩浦:
茶室っていう空間、その様式や、文化がこれまでどれだけの価値を長年に渡り生み出して来たか。それを換算するとどれくらいになるのだろう。だから本当は「効率化」なんてものはちっちゃいもんだと思う。

モビリティが都市の結節点をつくりだす

三浦:
SAMPOの「MOC(モバイルセル)」には、移動体そのものが外に「開いていく」という全然違う概念があります。「ぱん!」と開くと、そこに新しい出会いが生まれるという。その発想って、今までの都市計画上の「モビリティ」概念には全然含まれていないんですよね。交通手段どうしが接続するところを「結節点」っていうんですけど、移動体自体が結節点になってしまうという可能性が、「MOC(モバイルセル)」にはある。それは、移動に対する価値観を変えることにもつながると思いますね。

鷲尾:
例えば、以前、地方のまちで「移動書店」を見た時に、いいなあって思ったことがあるんですね。あれはまさしくその人の個性でつくられた空間が街に開かれ、そこが人の集まる場所になっている光景だった。個々人の持っている文化が集まっていくことで、人が集まる場所が生まれていく。そういう風景は、これまでにも存在してきたわけですね。多分それは世界的な風景です。

三浦:
そう思いますね。例えば、これまでの交通計画の世界だと、やっぱりある閉鎖的な道路空間を前提に、どのように滞らずに人や物を流していくかという発想になる。いかに移動の時間や経費などのコストを下げかという議論です。最近だと移動自体を快適に過ごそうという話も自動車産業界隈では出てきていますが。それも時間とか空間を有効に使おうという発想なんですね。
しかしそれに対して、「MOC(モバイルセル)」は、自分一人のモーメントで成り立つのではなく、茶室のように人や自然との対話を内包し、関係性の中にある自分を見つめられるユニットです。それが集まり、つながることで、都市がつくられていく。そんな風に移動や移動空間を考えてみることは、とても可能性があると思います。

塩浦:
ロンドンやニューヨークも大都市ですが、個人が個人として生きているという感覚はやっぱり強いんです。そう思うと、東京はちょっと特殊かもしれない。東京では、やっぱり人を「人数」「数字」として扱っている感じが否めない。それはどうやって変えていくことができるのか。いつもいつも考えてしまうんですよね。

村上:
ただ、少しずつ変わっていっているところもあって。それはさっきの「プレイスメイキング」もそうだと思うけれど。
例えば、僕たちはこの秋から、東京のある鉄道高架下のスペース数百メートルをつかって、「MOC(モバイルセル)」が集まっていくストリートを作っていくプロジェクトを手がけることになったんです。簡単に言うと、「SAMPOランド」みたいな新しい都市空間。
移動式の商店街みたいな。

塩浦:
モバイルハウスがいろんなとこから移動してきて、集まって、また飛散していくような現象が起きる空間を構成していこうと思っています。そこでどんなアクティビティが生まれるのか。そこはまるで世界の縮図みたいな場所になるのか。文化は勝手にできるものだから、文化ができていく「土壌」を作っていこうって話しています。

村上:
それがうまく行ったら色々な場所で展開できるかもしれない。区役所の職員さんが視察に来たらしくて。「オッケー!」みたいな。そういう変化が、行政側にも少しずつ起きて来ていることを感じています。

三浦:
私たちの方も、パブリックスペースのデザインを手がける案件がどんどん増えて来ているんですが、どうしてもベンチの拡張型を作ってしまう傾向があります。誰でも座りやすい、とか。そこから飛躍しなくてはならないと思っているんですね。「誰でも」といって考えていって、結局「誰にも」愛されないものになる、ということは往々にしてよくあるわけです。移動する個人の空間が街に出ることで、こういう空間づくりの可能性もあるんだ、こういう暮らし方もあるんだってことが見えるのは、本当に魅力的ですね。ストリートの上でどんどん展開してほしいですね。

鷲尾:
生活者ひとりひとりの「モーメント」という一番小さな単位から考えていくこと。それが持つ魅力を外へ開いていくこと。それが本当に重要だと思います。都市はそうやってできていくものだから。それぞれの立場でできることを持ち寄って、このメンバーで一緒に手を動かしていくのがいいですね。

→前編はこちら

※撮影: SAMPO Inc, 小禄 慎一郎

プロフィール

村上大陸 (むらかみ・りく)
SAMPO Inc 共同創業者、CEO(Chief Executive Officer)

1996年生まれ。大学を一年経たずに休学したのち日本酒、スニーカー、VR等複数の事業を行う。VRの会社を経営している際、軽トラの上にモバイルハウスをセルフビルドし自宅兼オフィスにしていた。モバイルハウス生活をしながらVirtual RealityとRealityの違いを思考しているとVRの「V」などいらないことに気づいたため、モバイルハウスの事業に転換し現在に至る。

塩浦一彗 (しおうら・いっすい)
SAMPO Inc 共同創業者、CAO(Chief Architecture Officer)

1993年生まれ。3.11の二日後、親に飛ばされミラノに避難。いつの間にか6年間 ヨーロッパにいてしまう。ミラノの高校を卒業しロンドンに渡りUCL,Bartlettで建築を学ぶ。2016年に帰国し建築新人戦2016最優秀新人賞受賞。その後、建築事務所に就職。都市計画等Internationalなプロジェクトに携わるが、Top downの都市の開発に疑問を覚え、元々興味を持っていた動く家、対話するための現代版茶室を体現するためにSAMPOを村上大陸と立ち上げ今に至る。

三浦詩乃(みうら・しの)
横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院助教

1987年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。博士(環境学)。2015年より現職。専門は都市デザイン、公共空間のデザイン・マネジメント。国際交通安全学会特別研究員を兼務。日本都市計画学会論文奨励賞受賞。

鷲尾 和彦(わしお・かずひこ)
株式会社博報堂 生活総合研究所 クリエイティブプロデューサー /「生活圏2050」プロジェクトリーダー

戦略コンサルティング、クリエイティブ・ディレクション、文化事業の領域で、数多くの企業や地方自治体とのプロジェクトに従事。プリ・アルスエレクトロニカ賞「デジタルコミュニティ」「ネクストアイデア」部門審査員(2014〜2015年)。主な著書に『共感ブランディング』(講談社)、『アルスエレクトロニカの挑戦~なぜオーストリアの地方都市で行われるアートフェスティバルに、世界中から人々が集まるのか』(学芸出版社)等。現在、東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻「地域デザイン研究室」在籍。

※博報堂生活総合研究所「生活圏2050プロジェクト」
経済・社会・環境・文化。ときに矛盾をはらむ四相を統合しながら、私たちはいかに豊かさを実感できる暮らしと社会を目指すことができるのでしょうか。グローバリズムや技術革新がもたらす「生活圏」の変化を見極めながら、新しい生活文化と生活空間、そして新産業創出の可能性を構想します。( 博報堂生活総合研究所 https://seikatsusoken.jp/

→過去の連載はこちら

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