講演は、「第一部 構造の俯瞰」、「第二部 兆しの読解」、「第三部 発想の転換」の3つのパートで構成され、各パートを博報堂生活総合研究所の研究員が説明しました。
第一部では三矢上席研究員が登壇し、当研究所が実施した「消費1万人調査」などの定量調査の結果を中心に、「消費は冷え込んでいるのか?」、「次の消費を動かすカギは?」という2つの論点について検証しました。
「消費1万人調査」によれば、生活者の消費意欲は「高いほうだ」45%、「低いほうだ」55%と拮抗しており、年代別で見ると若年層になるほど消費意欲は高い。また、当研究所が2年に1度実施している時系列観測調査「生活定点」などのデータからは長期的には節約マインド・低価格マインドは薄らいでいる。
にもかかわらず、消費意欲が高まりきらない現状をどう捉えるか。「消費1万人調査」によれば、「家のなかにものが多すぎる」と感じている人が70%おり、さらに「家にものが溢れていると、新たなものを買うのをためらう方だ」という人も68%に及んだ。ひとつの可能性として「家にものが多すぎ、なかなか捨てられず、新しいものを買う意欲が起こらない」という“ものづまり”が影響していることが考えられる。
「消費1万人調査」によれば、ECは90.9%が利用。50・60代でも90%を超えるほど浸透している。さらに個人間取引やシェア、サブスクリプションなど、インターネットを使った新しい消費サービスも生活者に徐々に浸透してきている。
フリマアプリ(購入)の利用者は全体で22%、サブスクリプション(音楽・動画)は全体で14%に留まるが、若年層では比較的高くなっている。またこれらのサービスに対する今後の普及予想については50~60%となるなど、生活者の期待の高さがうかがえる。
なお個人間取引利用者については「中古品や安い商品等を買い、消費を抑制するのでは」との見方もあるが、JANコードのついた商品の購買ログを収集できる「QPR」などのアクチュアルデータで購買実態を全体と比較すると、消費金額に大きな差はなく、反対に上回っている商品領域もあった。
以上の結果を踏まえ、生活総研ではこれら新しい消費サービスが令和の消費を動かすカギとなると考え、これらサービスの利用者にフォーカスを当てた研究を試みた。
続く第二部では、十河研究員が登壇。第一部の内容を受け、消費の新しいサービスを積極的に利用しているエクストリーマー生活者へのインタビュー調査や「良い買い物」にまつわる写真調査の結果を紹介。新しく生まれている消費行動の掘り下げを行い、根底にある消費欲求の読み解きを試みました。
個人間取引やサブスクリプションサービスの登場により、生活者の買い物行動は、新品だけでなく中古品・新古品が選べたり、企業だけでなく個人からも買えるようになったり、処分時も捨てるのみならず売る・譲ることがしやすくなったりと選択肢が広がっている。
上記変化を受けて、生活者のなかには、
・高頻度で「買う」と「売る」とを繰り返す=ずっと使うと「決めない」
・いつか手放す前提で「使う」=自分のものと「決めない」
・サブスクリプションによって買わずに「使う」=これを買うと「決めない」
というように、「決めない」という態度を選択する消費=「決めない」消費が広がりつつある。
生活者は「決めない」消費によって、どんな欲求をかなえようとしているのか。
研究を通してみえてきたのは、生活者の消費に対する2つの欲求だ。
1)サゲの欲求=消費によって生じる様々なストレスを下げたい
どれを選ぶか悩むのをやめたい、買い物の失敗によって無駄が出るのを避けたい、家の“ものづまり”状態を直したい……など、生活者は消費プロセスの随所でストレスを感じている。そこで生活者は、「何を選ぶかを自分だけで決めない」「買ってもずっと使うとは決めない」などの「決めない」消費を行うことで、悩まずに済んだり無駄を防げたりと、ストレスに対処している。
2)アゲの欲求=消費によって自分の気持ちを上げたい
生活者のなかには「選び方や買い方をこれひとつと決めない」ことで、自分の好みでは選ばない意外なものとの出会いを楽しんでいる人がいる。また、サブスクで短期間に様々なものを試したり、個人間取引で売り買いを頻繁に繰り返したりと「ずっと使うと決めない」生活者たちは、新しい経験を積んだり、経験を深めたりすることに意義を見出している。「自分でずっと使うと決めない」ことで、手放す際のやりとりや交渉に楽しさを見出す動きもある。
「決めない」消費を通じて、生活者はこれまでの消費プロセスに新たな楽しさややりがいを加えようとしているのだ。
生活者は単に「消費したくない」のでも、決断から逃げているわけでもない。2つの欲求をかなえるうえで合理的だからこそ、「決めない」消費を選択しているというわけだ。
最後のパートとなる第三部では、石寺所長が登壇。
「決めない」消費の台頭が社会にとってどんな意味を持つのか、そして「決めない」消費を行う生活者に企業はどのように向き合っていくべきなのか、提言を行いました。
生活者が「決めない」のは、「決められない」からだけではなく、そこには「決めたくない」という意思がうかがえる。現在は社会環境や技術進化がめまぐるしく、まわりの状況も自分自身さえもこの先どうなるかわからない、いわば「決める」ことがリスクにもなる時代だ。「暮らしの可変度を高めておくことが生きやすさにつながる」という見方にたてば、「決めない」ことはむしろ強さだ。「決めない」消費は、そんな不透明な時代を生き抜くための生活者の智恵・戦略とも呼べるだろう。
そんな生活者と向きあうために、企業はまず、消費プロセスに対する発想転換が求められる。従来の消費プロセスは「選ぶ→買う→使う→手放す」という不可逆的・固定的な“ファネル型”であった。
しかし、「決めない」消費によって生活者が自らの立場を「購入者」「使用者」「販売者(処分者)」と臨機応変に切り替えるのに伴い、消費プロセスは流動的・可逆的な“ループ型”へと変化していく。
これにより、ファネルの入り口で緻密に情報を伝え、検討して買ってもらい、満足して長く使ってもらう……そんな従来のアプローチだけでは、生活者の動きを捉えることは難しくなるだろう。そしてブランドロイヤリティやそれにまつわるKPIの考え方も変わってくるだろう。
この状況をチャンスに変える視点を3つほど紹介する。
1)「商品」・・・唯一無二の「決めたい」存在へ
徹底したカスタマイズやユーザビリティ向上で、「これしかない」唯一無二の存在を目指す
2)「サービス」・・・「安さ」だけでなく「易さ」の追求を
生活者の「決めない」に徹底的に寄り添い、価格の安さよりも返し易さ・手放し易さをあらかじめ組み込んだサービスの検討を
3)「CRM」・・・「購入者」視点から「使用者」視点へ
CRMの対象者を「購入者」だけから、二次流通で手に入れた人や、レンタル・シェアなどを含めた「使用者」まで広げ、全体の満足度向上を
消費を意味する英語の「consume」は、「完全に」を意味する「con」と「取り去る」を意味する「sume」から、“一度決めたら消えてしまうまで使い果たす”という意味を持っていた。しかし見てきたように「決めない」消費のもとでは、必ずしも“消えてしまう”ことを意味しない。消費は自在に順序を変え、つながり、新たな消費を生むものへと変質しつつある。それら新しい動きが原動力となって生まれる、消費の新たなうねりを私たちは「消費対流」と捉えた。令和という新たな時代を迎えた今、消費の定義自体を考え直す時期が来ているのかもしれない。
講演の概略は以上です。
また今回の講演では、消費にまつわる質問を来場者に随時投げかけ、回答結果をリアルタイムでスクリーンに映し出す参加型アンケートシステムを導入。生活者調査と同じ問いに実際に答えていただきながら、聴講していただきました。
講演終了後参加者からは、
「何となく感じていた“今”がはっきりしたデータ等で見えて参考になった」
「マーケティングに新しい消費をどう組み込んでいくか、じっくり考えるきっかけになった」
「『決めない』=意思の強さというのは、目からウロコの視点でした」
などの声が多く寄せられました。
博報堂生活総合研究所は今後も、生活者のきめ細やかな調査研究を通じて、よりよい未来を提言する活動を続けてまいります。
【参考情報】
■「消費1万人調査」調査概要
調査地域:全国
調査対象:15~69歳の男女
調査人数:10,000人(国勢調査に基づき、性年代・エリアの人口構成比で割付)
調査手法:インターネット調査
調査期間:2019年5月28日~6月1日
■「消費1万人調査」調査結果第一弾「平成の消費観・消費行動に影響を与えたもの」編ニュースリリース
https://www.hakuhodo.co.jp/archives/newsrelease/58575
■「消費1万人調査」調査結果第二弾「サービス利用実態・意向」編ニュースリリース
https://www.hakuhodo.co.jp/archives/newsrelease/59121