東京大学
先端科学技術研究センター 特任准教授
吉村有司氏
博報堂
ミライの事業室 ビジネスデザインディレクター
大家雅広
大家
「ミライの事業室」は、博報堂が自社発の新規事業を立ち上げることを目指して2019年4月に発足した部署です。現在いくつかのプロジェクトが動いていて、その中のスマートシティをテーマとしたプロジェクトを僕は担当しています。大学院で建築デザインを専攻していたこともあって、以前から街づくりに興味がありました。吉村先生も、もともとは建築デザインが専門ですよね。
吉村
そうです。建築の仕事をするために2001年にスペインのバルセロナに移住したのですが、バルセロナで暮らしているうちに、建築だけではなく街づくりや公共空間づくりに興味がわいてきました。そこで、市で公共空間戦略や歩行者空間政策などを担っていた都市生態学庁に問い合わせてみたら、たまたま仕事があってそこで働けることになったんです。
大家
それはラッキーでしたね。すぐに街づくりの仕事に携われたのですか。
吉村
都市計画を通じて市民生活の質を上げたいというのが僕のビジョンだったのですが、最初に与えられたのは交通計画の仕事で、最新のテクノロジーを使って交通システムをつくれと言われました。「日本人は技術(テクノロジー)に強いから、そのくらいできるだろう」と(笑)。まったくの専門外でしたが、「できない」と言うのもしゃくだったので引き受けました。それが2005年のことです。
当時は個々の車を効率的にトラッキングする仕組みもあまりなかったのですが、ちょうどBluetoothを使った通信技術が出始めた頃で、それを使ったセンサーをつくってみたら、予想以上に使える交通システムができてしまったのです。
大家
まだ、IoTという言葉が一般的ではない頃ですよね。かなり先進的な取り組みだったのではないでしょうか。
吉村
当時、欧州委員会のICTを活用した都市づくりプロジェクトにも携わっていたのですが、僕が開発したシステムをプロジェクトでプレゼンしたら、すごく反応がよくて、同じ仕組みをヘルシンキやダブリンでも試してみることになりました。今思えば、あれがのちにスマートシティと呼ばれる都市づくりのはしりだったのではないかと思います。
大家
データを集めるシステムがあっても、分析する仕組みがないと使えるデータにはなりませんよね。その仕組みはどうやってつくったのですか。
吉村
おっしゃるとおりで、データ分析にはコンピューターサイエンスなど、データ収集とは又べつのノウハウが必要になってきます。そこで、バルセロナの大学関係者に話を聞きに行ったところ、「自分でやってみたらいいんじゃないか」と言われ、それならやってみようと。そこから大学で勉強を始め、コンピューターサイエンスのPh.D(博士号)をとりました。ドクターコースを始める前は、プロジェクトマネジメントの経験もあるし、論文を書く為のデータやアイデアもあったので、「3年でとれるだろう」と高を括っていたのですが、結局5年もかかってしまいました。欧米の大学でPh.Dを取得するということはテクニカルな側面に加えて、教養(リベラルアーツ)が非常に重要視されます。単に科学や技術の知識を詰め込むのではなく、それらを使う人間や社会への問いの方に力を入れているのです。だからこそ街角にセンサーを取り付けて終わりとはならないのです。しかし正にその様な経験をしたことが、AIやビッグデータを都市計画やまちづくり、ひいては社会生活に直結した市民生活の質の向上に生かしていくということに眼をひらかせてくれたのです。
大家
僕はスマートシティというテーマに取り組むに当たって、「博報堂がスマートシティ事業に携わるのはどういうことか」ということを考えました。日本では、エネルギーマネージメントやモビリティサービスなどの仕組みを備えた都市がスマートシティであるという認識が一般的です。しかし僕たちがそこに関わるなら、生活者発想、つまり一般の人々側の目線に立って、生活をどう豊かにするかという視点がなければなりません。
吉村
生活者のニーズに沿ったスマートシティづくりということですよね。とても重要な視点だと思います。日本におけるスマートシティの議論に欠けているのは、まさにその視点です。スマートシティについて論じると、どうしてもインフラやエネルギーの話に終始してしまいがちです。しかし、欧州におけるスマートシティづくりの起点となっているのは、「市民生活の質をいかに上げるか」という発想なのです。
大家
ヨーロッパに行くたびにそのことを感じます。オーストリアのリンツで毎年開催されているテクノロジーと芸術、社会をテーマにしたイベント「アルスエレクトロニカフェスティバル」に参加して、その後にバルセロナに足を運んだのですが、アルスの出展プロジェクトにしてもバルセロナにしても、市民参加型の都市づくりが本当に進んでいるという実感を得て、「これこそ博報堂が関わるべき領域、目指すべき方向性だ」と思っていました。というのも、ヨーロッパの市民主義的な発想は、博報堂が掲げている生活者発想に確実に通じるところがあるからです。では、それを日本におけるスマートシティづくりにどう生かしていけばいいのか。そのヒントを教えていただきたくて、帰国してから吉村先生に連絡させていただきました。
吉村
それが最初の出会いでしたね。そのあと、一緒にバルセロナの「スマートシティエキスポ2019」に参加しました。あのエキスポは、バルセロナ市が主催する146カ国700都市以上、800社以上の企業が参加する世界最大規模のスマートシティ関連の展示会で、僕も立ち上げに関わっています。
大家
スマートシティエキスポは、世界中から自治体や企業が集まる一大イベントで、世界のスマートシティの取り組みが一望できます。僕は、テーマのヨーロッパらしく、興味深いなと思いました。「デジタルトランスフォーメーション」「都市環境」「ガバナンス&ファイナンス」──。ここまではわりと普通ですが、それに「インクルーシブ&シェアリング」というテーマが加わっています。社会的包摂や、もの・空間の共有といった市民的視点がしっかり踏まえられているわけです。
吉村
アジアでは中国と韓国の取り組みが目立っていましたね。日本のプレゼンスは残念ながらかなり低かった。もう少し頑張らないといけないなと思いました(笑)。
大家
日本で今後スマートシティを進めていく場合、どのような課題があると考えられますか。
吉村
バルセロナ市が特徴的なのは、都市に関するすべての情報を一括で管理する「情報局」という部署が行政の中にあって、そこから各部署に必要な情報を提供できる仕組みになっていることです。日本の場合、行政組織が縦割りになっていて、情報共有がスムーズに行われていないように感じます。それが一つ課題と言えそうです。
大家
「垣根」を超えていくということですよね。行政の中にも垣根があるし、既存の産業分野間にもさまざまな垣根があります。その枠組みを取り払って、横につながっていく仕組みをどうつくれるかが問われているということかもしれません。バルセロナに行ったときに「Superblocks(スーパーブロック)」を実際に見たのですが、あれは、まさにさまざまなプレーヤーがフラットにつながり合うことで実現したものだと感じました。
吉村
碁盤の目のようになっている街区を9つ集め一つのブロックにして、市民が暮らしやすい空間をつくる取り組みですね。従来の道路を半分の広さにして空いたスペースを公共空間にしたり、交差点を広場にして「市民議会」にしたりと、いろいろ面白い試みにチャレンジしています。
大家
9つのブロックの道路を上から俯瞰すると#(シャープ)に見えるんですよね。それで市が「シャープディモクラティカ」という名称でキャンペーンをやったりしている。この名称も素敵です。こういう街づくりを実現するには、企業、自治体、市民をつなげる綿密なプロデュースが必要だと思います。
吉村
ヨーロッパでは一般に公共部門が強い力をもっているんです。バルセロナでも、自治体職員はみんなスーパーエリートで、Ph.DやMBAを持っている人も少なくありません。その人たちが強い意志をもって人々の意見をまとめていくことで実現したプロジェクトがスーパーブロックです。
大家
日本の戦後の都市開発は、どちらかというとディベロッパーや鉄道会社などの民間企業が牽引してきたところが大きいと思います。私企業が公共の価値づくりに寄与してきたこと自体はとても素晴らしいことです。しかしこれからは、その次の段階に進んでいく必要があります。日本全体の人口が縮小していく中で、官民のバランスを新しい時代に合わせてトランスフォームして、よりよい協業のあり方を考えていかなければならないと思います。
吉村
それはとても意義あるチャレンジですね。問われるのは、さまざまなプレーヤーの利害関係を上手に調整して、生活者を含めみんながハッピーになれる形をつくっていくことだと思います。そこは博報堂さんが貢献できるところではないでしょうか。
大家
そう言っていただけると心強いです。バルセロナを始めとするヨーロッパの都市の取り組みは、とてもよい教科書なのですが、それをそのまま日本にあてはめることはできません。日本の文化やビジネス慣習に応用する知恵が必要だと感じます。
大家
バルセロナには、「Decidim(デシディム)」「Sentilo(センティーロ)」「Smart Citizen Kit(スマートシチズンキット)」など、面白い仕組みがいろいろありますよね。
吉村
「デシディム」は、市民の声を政策につなげていくデジタルプラットフォームです。市民は誰もがこのプラットフォームを通じて行政に参加できます。
「センティーロ」はセンサーの共通規格です。都市生活の利便性や快適性を上げるには、温度、湿度、あるいは大気汚染の状況などを計るセンサーが必要です。その規格をオープンソースにしたのがセンティーロです。
「スマートシチズンキット」は、そのようなセンサーなどをキット化したものです。これを安価で販売して活用してもらい、データを集めて市民生活の質をより向上させようというのがこの取り組みのコンセプトです。
大家
僕が感じるのは、一つ一つの取り組みのアイデアや活動のデザインがとても優れているということです。これはオランダのアムステルダムに行ったときにも感じたのですが、ヨーロッパでは、市民生活を重視した街づくりは「かっこよくて、楽しい、やりたいこと」という感覚が人々の間に根づいていると思います。消費生活と公共性がうまく融合しているから、まさにスマートで無理がないわけです。
吉村
そこには、おそらくクリエイティビティ(創造力)やデザインの力も働いていると思います。例えば、行政が発行するパンフレット一つを見ても、デザイン性が高く、すごくかっこよく仕上げています。
大家
公共の取り組みでもクリエイティビティが重視されている──。それはとてもいい視点ですね。そこもまた、博報堂が力を発揮できる領域だと思います。
吉村
日本はいままで、英国、ドイツ、米国など主に北半球の国々を見習ってきました。しかし、人口が減っていくこれからの日本社会のお手本になるのは、むしろ地中海沿岸の国々ではないかと僕は考えています。イタリア、ギリシア、ポルトガル、スペインといった国々です。それらの国に共通するのは、「楽しく、スマートに生きる知恵がある」ということです。そこにもしかすると、日本におけるスマートシティづくりのヒントがあるのかもしれません。
大家
そのヒントをどう日本の文脈に当てはめていくか。今後、ぜひ吉村先生にもご協力いただきながら、広範なプレーヤーと手を取り合って、日本ならではのスマートシティづくりを目指していきたいと思います。
吉村
「生活者中心のスマートシティ」という考え方や、そのモデルを広めていくことがはじめの一歩になりそうですね。チャレンジと検証を重ねながら、ぜひ一緒にスマートシティ実現を目指していきましょう。
愛知県生まれ、建築家。2001年より渡西。バルセロナ現代文化センター、バルセロナ都市生態学庁、ルーヴル美術館リサーチ・パートナー、マサチューセッツ工科大学研究員などを経て2019年から現職。主なプロジェクトに、バルセロナ市グラシア地区歩行者計画、バルセロナ市バス路線変更計画など多数。近年は、クレジットカードの行動履歴を用いた歩行者回遊分析手法の開発や、Bluetoothセンサーを使ったルーヴル美術館来館者調査、「機械の眼から見たもう一つの建築史」など、ビックデータやAIを用いた建築・まちづくりの分野で世界から注目されている。「地中海ブログ」で、ヨーロッパの社会や文化について発信している。
石川県金沢市生まれ。東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。博報堂入社以降企業のブランディング、新商品・サービス開発、ビジョン開発、イノベーション支援、都市開発・地方自治体支援などの業務に従事。現在は、博報堂の新規事業部門で、スマートシティ関連の事業開発をリード。宣伝会議「ファシリテーション養成講座」講師、法政大学「コミュニケーション・デザイン論」。著書『Innovation Design』(日経BP)『マーケティング基礎読本』(日経BP)、Forbes JAPAN寄稿など。