兎洞 武揚:博報堂ブランド・イノベーションデザイン 副代表
亀田知代子:研究開発局 上席研究員
小田部 巧:第三プラニング局 ストラテジックプラニングディレクター/EARTH MALLプロデューサー
澤田有彩美:第二プラニング局 ストラテジックプラニングディレクター
──まずは「博報堂SDGsプロジェクト」の概要と、発足の経緯について教えていただけますか。
兎洞
このプロジェクトには、SDGsに関わる経験と専門性を持つさまざまな社員が関わっています。マーケティング・ブランディング、ビジネス開発、PR、研究開発、クリエイティブなど多岐にわたります。私自身もですが、博報堂にはSDGsやソーシャルの活動に長年取り組んでいる社員が多い。会社としても積極的に取り組んできています。
最近、SDGsが本格的に企業の世界に入ってきました。実際に私たちのクライアントからも、SDGsを考慮したブランドコミュニケーションの相談や、SDGsに貢献する商品開発の相談を受けることが明らかに増えた実感があります。SDGsでクライアントの経営やマーケティングが変わろうとしている状況をサポートできればと思い、プロジェクトを立ち上げました。
亀田
生活者や社会のムードも同じ方向に向かっていますよね。昨年生活者調査を実施したのですが、8割近い人たちが「環境や社会貢献活動に積極的な企業の商品を買いたい」とか「環境や社会のためになる商品を積極的に買いたい」と考えていることがわかりました。私も10年以上コーズマーケティングや社会的消費に関する調査を続けていますが、いよいよ社会全体の意識が変わろうとしている感じがします。
澤田
同じSDGsと言ってもクライアント企業ごとに課題は異なるので、個別のご対応が基本ですが、このプロジェクトでは幅広い企業に活用していただける汎用的なソリューションの開発も行っています。最近では、生活者を購買意識や価値観で分類してマーケティングに活用する「サステナブル・マーケティング支援プログラム」を本格的に提供しはじめたところです。2017年から経営向けに提供している「SDGsコーポレートプログラム」というコンサルティングサービスもあります。
小田部
博報堂は「生活者発想」を理念にしている会社。SDGs自体を広く生活者や社会に浸透させていくことも自分たちの役割だと思っています。生活者の意識を喚起し、生活者の行動を変えていきながら、企業を支援していこうという考え方をメンバー全員が共有しています。
──日本の企業におけるSDGsの取り組みはどの程度進んでいるのでしょうか?
亀田
欧米に比べると積極的ではない印象があります。日本の企業が経営やマーケティングをSDGsに向けようとすると、どうしても直面する大きな課題があって、それは生活者の意識です。“サステナブルな購買”に対する日本人の意識はヨーロッパなどに比べて低く、「食べ物を無駄にしない」や「長く使えるものを買う」などの思想は定着していますが、環境保全や、不法労働のない生産物を選ぼうといった意識は浸透していません。そもそも認知すら低い。企業がSDGsに対応した商品を出しても、肝心の消費がついてこないんです。
兎洞
一方で、もはや企業はSDGsを無視することはできない時代になっています。SDGsが採択される前は、環境保全や社会格差の問題は、経済の問題とは切り離されたところにありました。しかしSDGsは、企業は「経済だけの担い手」ではなく「経済、環境、社会の担い手」なのだ、という認識をはっきりと世界に示した。かつてのCSRのような「利益の何%を社会に還元します」といった意味ではなく、これからの企業は利益を上げながら、本来期待されていた環境面と社会面においても大きなインパクトを与える存在になることが求められていきます。私たちはこれを「経済的インパクトと社会的インパクトの統合」と説明しています。
小田部
SDGsのゴールを構造的に示した“ウェディングケーキモデル”と呼ばれる図があります。この図はまさに、基盤にある「環境」が成り立っていないと「社会」が成り立たない、「社会」が安定していないと「経済」が成り立たない、つまり「環境」「社会」「経済」すべてが繋がっていることを表しています。
兎洞
最近はESG投資(経済、社会、環境の視点で優れた企業に行う投資)も急速に伸びていて、すでに投資額全体の4割に達しているとも言われています。SDGs視点でバリューチェーンを改革し、そういった投資を呼び込んでいける企業が、さらに利益を創出し投資を受けていく。これはもはや不可逆的なトレンドだと思っています。
亀田
「三方よし」や「もったいない」という日本独自の言葉がありますよね。自然そのものの中に神を見出して、自然との共生をはかってきた文化を持つ日本にとっては、社会と環境と経済の統合は、むしろ強みになるはず。本来であれば世界をリードしていけるぐらいの可能性を持っていると思います。
小田部
生活者が着いてきていないのだとしたら、着いてきたくなるような状況や環境を作るのも企業の役割と言えます。企業が自ら生活者の意識と行動変革をリードし、日本のサステナブル購買市場そのものを拡大させていくことは、次世代のためにも重要なはずです。難しいことですけど、僕たちもぜひそういった企業のチャレンジをサポートしていきたいと思っています。
──企業が自ら変わるという意識が重要ということですね。そういった感覚は、どれくらい日本の企業に浸透しているのでしょうか。
兎洞
少なくともこのプロジェクトでお会いする企業の方々からは、本気で変わろうとされていることを感じますね。さまざまな業種の企業から声を掛けて頂いています。メーカーからはブランディングのサポートや、サステナブルな商品開発のご相談を受けたり、ESG投資を行う側である金融業界からのご相談もあります。コミュニケーションをちょっと変えるとかではなく、自社の事業自体を変革していこうという意識を強く感じます。
澤田
私も企業の変化を感じます。同時に、博報堂がサポートできる可能性が広がっていることも実感しています。企業の動きに応じて、コンサルティング、マーケティング、ブランディング、事業開発支援など、幅広い領域で博報堂らしいサポートをしていけそうだなと。
小田部
ただ、先ほど兎洞さんが話したように、SDGsでは「社会的インパクトと経済的インパクトの統合」が最も大事で、これはやはり最終的には経営レベルでの話になります。現場が直面しているSDGsの課題から、段階的にでも全社レベル、経営レベルへと上げていくことの難しさはあります。でも非常に重要なこと。必要があれば、SDGsに強い経営コンサルティング会社と協働していくことも考えています。
──プロジェクトでは、企業に対してどういった提案を行っているのですか?
兎洞
私は「インパクト・ロジック・モデル」というフレームを使って、企業の社会的インパクトと経済的インパクトを時系列で考えていきましょう、というご説明をすることがよくあります。もともとNPOが自分たちの活動の社会的インパクトを可視化するために使っていた方法論で、NPOに寄付する人にとっては「学校を10個作りました」という活動そのものよりも、「その結果、何を成し得たのか」というインパクトの方が重要なんですよね。今SDGsの時代になって、企業にもまったく同じことが求められています。自分の会社が具体的にどんなインパクトを出していくべきか、そのためには何をしていけばよいのかを長期・中期・短期でちゃんと考えていく。一度そうして整理してみると色々なことが見えてくるんですよ。
小田部
SDGsそのものに話を戻すと、SDGsには17の目標とたくさんのターゲット、指標があって、初めて取り組む企業はこれを全部やらないといけないのかと誤解しがちですが、そうではないということを最初にご説明します。17の目標は全部つながりあっているので、自分たちの得意な分野で活動すればいいんです。企業や団体がそれぞれ得意な活動を持ち寄って、コラボレーションしながら目標達成を目指していく。それは17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」という目標にもなっています。
亀田
そう、17番目だけ少し異色で、関係性についての話なんですよね。パートナーシップ、コラボレーションの提案は、もともと博報堂が得意とする領域。SDGsというテーマのもとでも、色々な企業同士をつなげていくことに積極的に貢献していければと思っています。
兎洞
実際に博報堂が実現したSDGsコラボレーションの例として、SDGsが採択された2015年、博報堂が中心となって「OPEN 2030 PROJECT」という活動体を立ち上げました。博報堂が色々なセクターに呼び掛けて、企業、行政、アカデミア、市民が連携してSDGsに関するイノベーション創出を目指していこうという共同プロジェクトを発足させたんです。ここから生まれた活動の一つが、「買い物」をSDGs達成の具体的なアクションに変えていく『EARTH MALL(アースモール)』という取り組みです。
──『EARTH MALL』とは、どんな取り組みですか?
小田部
いわゆる調達→加工→流通→小売というバリューチェーンにおいては、消費、つまり買い物は最も川下にあります。でも生活者が買い物をするときに商品の成り立ちや適量を意識するようになれば、調達などの川上も変わっていくんじゃないか。いわば「生活者の意志ある買い物が未来を変える」という発想の転換で生活者の新たな行動をうながし、SDGs達成を目指していく取り組みです。EARTH MALL自体もコラボレーションで運営されていて、バリューチェーン上の各ステークホルダーが参加する共創コミュニティで議論しながら、さまざまな分野の施策を開発しています。
澤田
たとえば生活者の「どこで何を買えばいいの?」という悩みに対応するために作られた『EARTH MALL with Rakuten』というサイトは、「楽天市場」の約2億6千万(2020年4月時点)ある商品の中からSDGsに貢献する商品をセレクトして紹介するショッピングモールサイト。これは利用者側だけでなく、「楽天市場」の店舗の方々のサステナブルマーケティングへの関心を高めるきっかけにもなっていると聞いています。
──先ほど、サステナブルな購買に対する日本の生活者意識が低いという指摘がありました。今後、日本の生活者のサステナブル購買はどう進むのでしょうか?
亀田
昨年、研究開発局で「生活者のサステナブル購買行動調査」を実施しました。全国の生活者6,000名を対象に、環境や社会を意識した購買行動の実態を尋ねた定量調査です。調査結果から見えてきたのは、“日本の生活者特有のサステナブルな購買行動” でした。「資源をムダ遣いしないよう必要最小限を買い(ミニマル)」、「修理しながら長く使い(ロングライフ)」、「不要になったものは人にあげる・売る(サーキュラ―)」といった特徴です。自分もそうだ、という人も多いのではないでしょうか。欧米で言われるサステナブル購買とはかなり性質が異なりますが、これが日本ならではのサステナブル購買ということでしょう。しかも、どの項目も7割以上、「長く使う」にいたっては9割以上の生活者がそうしていると答えていて、ほかにも今後の購買意向などの高い数値を見ていくと、実は日本の生活者のサステナブル購買のポテンシャルはかなり大きいのではないか、という仮説が浮かび上がってきたんです。
澤田
私たちはその仮説を出発点に調査データをクラスター分析して、食品や日用品の購買意識や行動から生活者を8つのクラスターに分類し、それぞれの価値観や社会課題への意識などを読み解いていきました。この分類は「サステナブルな買い物クラスター」と名付けています。下の図はクラスターの分布を示したものです。層ごとのボリュームや行動パターンを見ていくと、すでにサステナブルな購買を実践している層はごく一部、たった1割にとどまっています(図内クラスター①)。でも、安全・安心を重視する層(②)や、長く使えるものを賢く選びたい層(③)、新しいものや流行を好む層(④)、費用対効果を重視する層(⑤)などにも、それぞれの価値観に対して“サステナブル”がもたらす価値を見つけ、適切に伝えていくことによって、彼らもサステナブルな購買をしはじめるかもしれません。そのように考えていくと、世の中の6割近くがサステナブル商品のターゲットになる可能性があり、市場は大きく広がります。
亀田
最近、生活者が物を所有しなくてもよいサブスプリクション型サービスやシェアリングサービスがどんどん普及しています。世界的にもスマートハウスやスマートシティのような取り組みが増えています。資源や社会のムダや非効率を省きながら、生活者にっての利便性をあげていく。そういったことも新しいサステナブル市場拡大の追い風になるだろうとみています。
小田部
プロジェクトで提供している「サステナブル・マーケティング支援プログラム」は、この「サステナブルな買い物クラスター」の情報を企業の商品やブランドのターゲット選定や、ターゲットごとの商品設計、コミュニケーション計画の立案などに活用していくものです。さらにプロジェクトでは、このクラスターに実購買データやオンライン上の行動データなどを紐づけていくことで、彼らのより詳しい行動実態を明らかにしていくことにも取り掛かっています。
──最後に、プロジェクトの今後の構想や展望をお聞かせください。
亀田
SDGsは2030年が目標年ですが、それから先もこのタイミングで生まれたサステナブルな購買行動のスタイルや、生活者、企業の意識は続いていくと思います。私たちも長期的に企業のパートナーとして、サポートを続けていきたいと思っています。
小田部
このプロジェクトがけん引役になって、博報堂社内のレベルも上げていきたいですね。SDGsはどんどん当たり前になっていきます。プロジェクトメンバーを増やすだけでなく、全社員が生活者発想でSDGsを当事者として提案できるようにしていきたい。そのための研修も始めています。
兎洞
企業と生活者のことを別々にお話ししてきましたが、本当はどちらも同じ思いを持っているんですよね。どちらも、SDGsが達成された社会を実現していきたいと思っている。でも今は両者が同じ立場でSDGsに関われるような場はありません。ならば私たちがそういう場をつくれないか、と考えています。サステナビリティという共通のパーパスのもとに、生活者と企業が直接つながれるような新しいコミュニティや経済圏の構想です。そこにはどんな仕組みがあるといいだろうか、どんなやり取りが生まれるだろうか。いま、その理想的なかたちを探っているところです。