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【別解が生まれた瞬間#7】別解を生む力は、広告会社のベーススキル。~アートディレクター徳野佑樹「注文をまちがえる料理店」

2019.11.15
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博報堂のクリエイティビティには「“別解”を生み出す力」がある、と考えます。論理的に考えてたどり着く“正解”では解決できない課題が増え続ける社会において、常識を打ち破る“別解”で課題を突破し、新しい価値を生み出していく。すでに博報堂グループの中でもさまざまな別解の芽が生まれ、未来を切り拓く挑戦が始まっています。
このインタビューシリーズでは、別解を生み出し、その社会実装に取り組むプロジェクトのメンバーに「別解が生まれた瞬間」を尋ねます。第7回は、「注文をまちがえる料理店」のアートディレクションを担当した徳野佑樹です。

お客さんの気持ちをセットアップするデザイン

――2017年に始まった「注文をまちがえる料理店」。本プロジェクトの発足の経緯を教えてください。

徳野
「注文をまちがえる料理店」は、ホールスタッフすべてを認知症の方が務めるイベント型のレストランです。そもそもの発案は元NHKのディレクターである小国士朗さんによるもの。小国さんがNHKの番組制作で、認知症介護のスペシャリストである和田行男さんのグループホームを取材されたときの体験がきっかけで、「認知症だから間違えるかもしれないけど、間違えたって別にいいじゃん」というコンセプトのレストランを作りたいという構想を温められていました。

そのアイデアを実際に形にして、世の中に広げていく過程で、小国さんとご縁があった弊社のクリエイティブディレクターである近山知史が携わり、近山に声をかけられて僕も参加することになりました。
アートディレクターである僕の役割は、ビジュアルコミュニケーションの部分、つまり「注文をまちがえる料理店」の“見た目”をデザインし、伝わり方をコントロールすることです。

――この企画に参加するにあたり、アートディレクターとしてどのようなビジョンを抱かれましたか?

徳野
最初に「注文をまちがえる料理店」というネーミングを聞いたとき、直感的に「完璧だな」と思いました。同時に、“伝わり方”が非常に重要だと感じました。このレストランがポジティブに捉えられるかは、デザイン次第だなと。僕は経緯を知っているから、志のある試みであることは分かりますが、どんなに志が良くても伝わり方によっては全く印象が変わりますよね。「認知症をばかにしてるのか」「そもそも、間違えたらダメでしょう」とか言われてしまう可能性だってあります。

ですから、間違えても別にいいじゃん、という「間違えることをチャーミングに思える気持ち」をお客さん全員にセットアップすることが必要で、それをデザインで実現したいと考えました。

ロゴは「てへぺろ」のマーク。先に謝っちゃいます、という意図です。「間違っちゃうかもしれないけど、ゴメンね」と最初に言ってしまうことで、たとえサービスに不具合が起きたとしても優しく許容し合えるような雰囲気を醸成したいと思いました。お客さんがレストランに入ってから出ていくまでの間、いろんな角度で何度もてへぺろマークが目に入るように設計しています。お皿でも、おしぼりでも、スタッフのエプロンでも、色んなポイントでマークが謝っているんです。そんな、お客さんがつい許してしまうだけでなく、間違えてくれないかな?と期待すらしてしまうような、間違えがエンターテイメントになるぐらいの空間になればと思いました。

別解を別解としてカタチにする

――本プロジェクトは世界中で報道され、現在では趣旨に賛同した多くの方々によって各地で同様の取り組みが実践され、どんどん広がっています。

徳野
スタートから1~2年でこれだけ広がっているということは、みんながどこかで思っていたこと、欲していたものがこのプロジェクトにあったからだと思います。今ってクレーム社会じゃないですか。ちょっとした間違いも許さないピリピリした風潮の中で、「注文をまちがえる料理店」という空間が提示する “寛容さ”は、多くの人の心を掴むものになるだろうという確信が僕たちにはありました。
今回はアイデアそのものが「別解」としての強さを持っていた。僕のミッションは、別解が、ちゃんと別解として伝わるように世の中に届けること。そのためには、単なる認知症の課題解決プロジェクトと思わせない一段階上のアートディレクションを行う必要がありました。

具体的には、プロの手がちゃんとかけられた上質なレストランとして世の中に届ける、ということです。ホールスタッフの間違いがあってもなくても、料理が美味しくて、空間が素敵だから行きたい、と思ってもらえるレストランにする。実際、料理もプロが開発したもので、サービスにも飲食店プロデュースのプロの監修が入っています。それらを束ねる空間もアイテムも、チャーミングでありながら上質なコミュニケーションに仕上げていきました。

もしそうしていなかったら、絶対に一般化しなかった。きっと関係者が中心の「いい人の、いい人による、いい人のためのイベント」で終わっただろうと思います。でも、コミュニケーションのプロである広告会社の人間として、この大きなアイデアを決して狭い範囲に止めたくはありませんでした。

――別解的アイデアを具現化するときに難しかった点は?

徳野
この料理店で働いていただく認知症の方がどう思うかは非常に気にしました。どんなに画期的なアイデアであっても、当事者の方が不幸だったら全く意味がありません。色々な方に意見を聞きました。ある認知症の女性から、「私たちも間違えるのはすごく嫌だけど、間違いを笑って許してくれる空間があったら、また働いてみたい」という言葉をいただきました。だとしたら、その空間を実現しようと覚悟を決めました。

忘れられない思い出があります。実施したあとホールスタッフの方々にお給料と羊羹をお渡ししたのですが、あるおじいさんは亡くなるまでその袋を大事にされていたという話を、後に介護施設の方から聞きました。かつては飲食店で働かれていた方だったそうです。認知症の状態であっても「楽しかった」という記憶は残るんだと、本当に胸が熱くなりましたね。

広告会社の本領を起点に

――プロジェクトはさまざまな賞を受賞し、ACC 2019のデザイン部門でゴールドを受賞するなど、デザイン領域でも評価されましたが、今回アートディレクターとしての別解はあったのでしょうか?

徳野
自分としては正直、ものすごく新しいデザインをしたという感覚はないんです。広告やデザインの本来的なスキルを応用して、「注文をまちがえる料理店」が内包するメッセージの強度を損なわず、どう伝わるかをデザインし、世の中に広めることができたという意味では、本質的な仕事だったと思います。
そもそも「そう来たか!」という別解を出すことは、広告会社の人間にとってはベーススキルだと僕は思っています。別解を出すのは大前提で、そのうえで別解をいかにして世の中に実装し、広げていくかが重要で。

――「注文をまちがえる料理店」は社会の寛容さという議論を喚起しながらも、コミュニケーションデザインからは「楽しさ」、軽やかなメッセージを受け取ります。

徳野
そこは広告の得意分野だと思っています。僕らは普段から、物事を楽しくみせる、分かりやすくみせる、自分もやりたいと思わせるといったことに真剣に向き合っている。社会問題は難しく思われたり、解釈も生真面目だったり、安易に踏み込むと叩かれたり、まだ人々があまり触れたくないところにあるものだと思うんです。そういうところに、僕たち広告会社の、問題の見え方をポジティブに変えることができる、それも一瞬で人に理解してもらうというスキルで貢献できる部分はまだまだあると予感しています。

特に僕はアートディレクターとして、メッセージのデザインをしていきたい。きれいなものや、きれいな絵を作るのではなく、伝えることをデザインする。ちゃんといいものを人に伝えられたら幸せだなと思っています。
そう考えるようになった原点は、高校時代に見たグラフィックデザイナー福田繁雄さんの「VICTORY」のポスターです。シンプルなデザインが強いメッセージを伝えてくる、一度見たら忘れられないポスターです。僕がアートディレクターになろうと思ったきっかけでもあります。

――今後、徳野さんの考えている別解的チャレンジは?

徳野
今回介護や医療の分野に関わったように、まだデザインという視点があまり入っていない領域を切り拓いていきたいですね。アートディレクターが別解を生むときのポイントかもしれませんが、「何をデザインするか」という範囲をせばめないことが大事。どうやって人を笑わせるかを考えるのもデザインですし、それをロゴという形で実現するのもデザインで、デザインの役割はどれだけでも拡大していけると思っています。そして、色々な領域で学んだことを広告の仕事の知見としても還元して循環させていきたいですね。今回のようなプロジェクトと普段の仕事を切り分けたくないんですよ。ソーシャルは上手いけど本業はイマイチ、なんてダサいじゃないですか。

先ほど広告賞の話が挙がりましたが、近山とよく話すのが、「賞を取ることの意味は、世の中に真似されやすくなることにある」のだと。賞を取ったことで広く知られて、それを見聞きした企業やクリエイターたちがつくるものに影響を与えたり、再現されたりすることを通じて、「注文をまちがえる料理店」が提示したモデルが、社会をポジティブに変えることができるかもしれないし、それが究極のゴールともいえます。
そういうわけでこのプロジェクトはまだ別解の種であり、もっとポテンシャルがあるもの。僕らの手を離れて自走できている部分はそれぞれの主催者にお任せして、次の段階として、もっと社会を大きく巻き込む一手を考えていますから、ぜひ楽しみにしていてほしいです。

プロフィール

徳野佑樹(とくのゆうき)
アートディレクターとして、広告のアートディレクションをはじめ、幅広い領域のデザインを手がける。ADC賞、カンヌライオンズ デザイン部門ゴールド、2018年クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリストなど多数受賞。

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