博報堂人が、社会テーマや旬のトピックスを題材に、生活者の暮らしの変化を語る対談企画「キザシ」。
ますます多様化する現代人の食生活。第八回目は、秋葉原駅クリニックの大和田 潔(おおわだ・きよし)院長と博報堂/流通経済研究所の南部 哲宏(なんぶ・てつひろ)が、「食と健康」をテーマに生活者が健康に生きていくための「食と医療」のキザシについて語ります。
南部:僕は東京出身なんだけど、育ったのは群馬県。17代続く茅葺き屋根の農家に暮らし、ひとの家の畑のトマトとかスイカを平気でガバガバ食って野山をかけ巡っていた男の子が、こんなにデブになってしまった(笑) 。
大和田:はははは。そういう環境に育って、なぜ、生産者になろうと思わず、農業学部を目指したの?
南部:昔は研究者になるか、農業関係の仕事に就こうと思っていた。でも、こうなったのは、大学時代にバイトしていたTV局で、農業をわかっている人が情報産業の中にいないということがわかったから。それで、縁あって博報堂に入社した。マーケティングのことなんて全く知らずに入ったんだけれど、マーケティングが農業の中にないっていう問題の根幹を見つけることになった。この問題は、現在も変わらない。たぶん、農業も医療も未来を見すえたマーケティングをきっちりやれば、生活者はもっと効率よく多様な商品やサービスを選択・享受することができ、構造的な問題も解決すると思う。
大和田:かつて僕は、厚労省が行った1プロジェクトのメンバーとして各地の様々な医療機関を見学させていただいた。日本の医療は世界の医療システムと比べて良いところのほうが圧倒的に多いんだけれども、「こうするともっと良いかも」という一つの論点にフォーカスした論文※を書いたことがある。そして、その頃に出会った南部さんから、農業も同じように良くしなければいけないところがあるという話を教えてもらってすごく盛り上がった。で、僕に諸事情があって開業をしようと思ったとき、彼と友人たちに手伝ってもらって秋葉原駅クリニックをつくったのが10年前。でも、付き合い自体は、もう20年くらいになるよね。
南部:その頃、僕はよく働きよく飲んでいたので、あまり寝ていなかったんです。そんな中で講演中に、瞬間的にふっと意識がなくなるときがあったんですよ。これはさすがにまずいと思い、家ぐるみでお付き合いのある医師に相談したら、大和田さんを紹介してもらった。
大和田:南部さん、脳が悪いかもって僕のところに紹介されてきたんだよね。当時、僕は東京都共済青山病院にいて、南部さんを色々と検査したところ、結局、飲み過ぎで睡眠不足なだけだった(笑)。で、数回診察と称して会っているうちに飲みに行こうという話になり、悪友に引き込まれた(笑)。そもそも僕が医師になったのは、父親が産婦人科の町医者だったことが一番の理由なんだけれど、僕は脳の内科をやりたくなって、当時、福島県立医大に出来たばかりだった神経内科を選んだ。
南部:十数年前、僕は生活総研に在籍していて、食べ物と農業について研究し始めていたんだけど、医療の構造が農業の構造と非常に似ていることに気づいたんだよね。例えば、事業計画と資金調達。医師たちが開業する際、医療コンサルタントがコンタクトしてきて、「あそこにもここにもこんな先生達がいて、こんな検査機器がある」という話を聞かされる。医師は初めて社会に出るわけだから不安になって、高価な機械を買っちゃう。それは、農業の機械化貧乏と全く一緒。かかった費用を回収しつつクリニックの経営を安定化させるとなると、機械を使った検査をして薬を出すことになり、結局、医療費が肥大していくという構造がわかった。
南部:様々な話をするうちに医療経営と農業経営に非常に似た構造が見てとれて、どうすればいいかということをずっと議論してきた結果、設備を持つほど相対的にコストは増していくから「持たない医療」はできないかと。それから、生活者とクリニック共に利便性を高めて効率化を図りたいということで、電子マネーでの支払いや、レストランのネット予約と同じシステムを取り入れたりもしている。未来の医療のあるべき姿の模索を、この秋葉原クリニックでやっているんだよね。
大和田:もともと父親は「診察が一番」という主義で、「検査などのハードウェアに頼ったら負けだ」と常々言っており、その考えは今でも尊敬している。それもあって、南部さんとも話し合って、僕も腕一本だけでやってみようかなと。いま、小さなビルの2~4階を借りているんだけれども、最初に開業したのはもっと小さく4階だけ。診察室には聴診器と心電計くらいしかなくて、レントゲン室などを設けるスペースなどない。何もないんだけれども、逆に何もないからこそ感覚を研ぎ澄ましていい医療をできるんじゃないかと思った。聴診器1本だけなので、随分悩んだりしたけれども、他の優秀な先生たちのバックアップや築いていった病院とのネットワークに助けられながら、設備や専門領域が必要な患者さんに関しては連携して診療を行うスタイルを生み出すことができた。
南部:別に僕だけじゃなく、大和田さんの周りにいる人たちと議論することによって新しいコンセプトのクリニックができた。大和田さんは、薬を減らす医師としても有名。素晴らしいのは、食べちゃいけないもの・飲んじゃいけないものではなく、飲んでいいもの・食べていいものを指導すること。僕の場合は「アルコールと同じくらい、もっと水を飲め」と常々言われていて、それを実践すると採血検査の結果に如実に出てくるわけです。大和田さんのところでほぼ毎月採血しているので、僕の健康データが時系列でわかる。それをもとに何に気を付けて何を食べればいいのかを意識して生活していれば、ぎりぎり病気にはならない(笑)。
大和田:行動変容っていうんだけどね。南部さんは、仕事上アルコールや餃子が不可欠だから(笑)、水を同じだけ飲んでみましょうという南部さん用のソリューションを考えた。無理のない、その人なりの方法を編み出して行こうと取り組んでいるのね。運動と食事が基本なのは当たり前なんだけれど、「塩分をひかえましょう」あるいは「食べすぎないようにして運動しましょう」だけでは不十分。一般論で患者さんを動かすのは難しいから、患者さん一人ひとりにカスタマイズして具体的にお話しようとしている。だから、僕は栄養学と代謝学を勉強して、日本臨床栄養協会の代議員にもなり、学会認定の栄養相談専門士資格取得のための講師もやることになった。
南部:数年前かな、管理栄養士さんがやってきたのは。
大和田:そうだね。自分でやってみて、どんなに勉強したとしても、短い診療時間内で患者さんへの指導の質と精度を上げるには、医師だけでは絶対に不可能だと痛感した。だから、臨床に身を置く能力の高い管理栄養士さんにクリニックへ来ていただいて、一人20分かけて患者さんのヒアリングと指導をしてもらっている。いまは僕自身が指導しているけれど、運動指導士さんによる運動啓発で運動指導の精度も高めることができれば完璧だと思っているのね。
僕がやっているのは、「できるだけ薬に頼らない体をつくる診療」。医療ではなく、患者さんご本人の行動変容、食と運動の改善によって体を良くしていこうということなんだけれど、奥が深くて、熱意をもって取り組んでいる。神経内科医のリハビリ医学の知識も活用できてうれしい。こういった安価な保険診療を行うクリニックが都心にあってもいいと思うのね。患者さんを良くすることが医療の基本だと思う。農業が社会の基盤なのと一緒で、医食同源ともいうように、医療も食が基本なんだと思う。
南部:博報堂生活総合研究所が実施する「生活定点」で食の動向を調べ始めてから20年強になるけれど、近年、如実なのは生活者は油物が好きだってこと。カレーライス、ラーメン、スパゲッティが好きな食べ物の上位になり、餃子も上がった。要するに油を使っており、炭水化物の含有量が高く、一皿で終わる食事ね。他のデータを見ても、つくりやすいこともあって食卓に上る回数が多くなっている。
大和田:先日、東北大学が、1970年代の日本の食事をすると体質が良くなるということを発表した。1975年の和食が最強ともいわれている。人間は、飢餓を避けるために少ない量でカロリーが取れる脂質や糖質を好み、食べると脳に快楽物質が出るようにできているのね。栄養学会のシンポジウムでも話したんだけれども、油ものが増えてきたというのは、生命維持に必要な摂取量以上を食べてもらった方がマーケットは拡大するという経済システムが、消費を促すために人間の本能を忠実に刺激するように工夫し続けた結果かもしれない。
南部:食の現場のほうに目を転じると、所得が低くなるとどうしても手に入りやすいジャンクフードを食べてしまう傾向がある。アメリカのようにはならないまでも、雇用や所得の格差が食の格差にもつながることを示している。つまり、医療支出を抑えることを含めて、人はどのように健康に生きるかという点で、食と医療はがっちり結びついている。大きな社会課題だよね。
大和田:料理と食事に対してたっぷり時間とコストをかけることができれば、2時間のランチタイム中ずっと同じものを味わい続けることも難しい(笑)。おかずが何品も用意されて、ゆっくりご飯を楽しむということができなくなって、時短とコスト優先になってしまったのは、どこか豊かさと逆行する、追い詰められているような寂しさと厳しさを感じる。
小規模集落では、開業医の院長先生が地元の人と一緒に農業をやっていたりするのね。地域に根差した食のアドバイスと健康管理のハブであり要となっていて、食べ物の生産と消費と医療が一体化して不可分になっている。でも、それは例外的。南部さんの話を聞いて思ったことは、例えば、生産者や生産地とリンクしている、塩分少なめの和食のための高血圧の人が買いやすいサイトみたいのがあって、食事から改善していくことを誘導すれば病院にかからなくてよくなるかなと。本来、医療機関はそういう情報提供も含めた健康のポータルとなるべきなんだけれども、そういったことには保険診療でのインセンティブが働かない。僕みたいに人件費と時間をかけて説明していく中で、結果として処方を減らして、患者さんが良くなって減っていくという逆噴射型の診療(笑)を継続するのは、クリニック的にはかなり厳しいことなんだけれど、患者さんの満足度と笑顔だけが命綱。僕の心を支えてくれている。
南部:医療と食の現在のインセンティブから外れるけど、それを乗り越えられれば、社会課題の破壊的イノベーションともいえる新しい解決方法が見えてくると思う。
1965年、東京生まれ。福島県立医科大学卒業後、束京医科歯科大学神経内科にすすむ。東京都立広尾病院、武蔵野赤十字病院にて救急診療の後、東京医科歯科大学大学院にて基礎医学研究を修める。青山病院医長を経て、現職。
頭痛専門医、神経内科専門医、総合内科専門医、東京医科歯科人学臨床教授、米国内科学会会員、医学博士。臨床栄養協会代議員。東京医科歯科大学で医学生も教えている。
著書に『頭痛(新版)』(新水杜)、『副作用」、『知らずに飲んでいた薬の中身』(祥伝社新書)、『ごはん好きでも必ず痩せられる糖質制限』『糖質量チェックブック』、(永岡書店)等、多数。
1964年、東京生まれ。千葉大学大学院園芸学研究科修了後、1989年博報堂入社。マーケティング局、研究開発局、生活総合研究所、テーマ開発局等に所属し、入社以来第一次産業と地域政策のマーケティング業務・研究を行う。著書・講師・委員多数。2012年より公益財団法人・流通経済研究所特任研究員。
□第1回 / 暮らしとエネルギー
□第2回 / ソロ男に見る男と女の生き方
□第3回 / 生活基点で見る働き方
□第4回 / データとクリエイティブ
□第5回 / モノの未来とプロダクトデザイン
□第6回 / 変わりつつある地域活性化
□第7回 / 落語に見る日本発想